34 - 真夜中の訪問者
次の日の朝、私は奥様のお部屋を訪ねていた。
一晩考えた結果、養女の話はありがたく受けることにした。
これから先レティに着いて行くのに必要ならば、受けない理由はないし、私がミモザさんを母と思い、彼女も私を娘だと思ってくれている限り、この関係は何も変わらないと気づいたから。
何があってもへこたれない、立ち上がり上を向き咲き続けるカモミール。
前を向いて進み続けるのが、私らしい生き方だから。
朝から訪ねてきた私に驚いていた奥様は、私の話を聞くと本当に母にそっくりだと笑っていた。
「カッセル伯爵も伯爵夫人もいい人だから、家族が増えると軽く思っておけばいいわ。あなたの母が二人になるだけね。あ、私も入れて貰って三人にしましょうか」
カッセル伯爵にはまた都合の良い日程を聞いて、母も交えてオルブライト公爵家で会う事になった。
今から少し緊張するけれど、母のお兄さんだと思うと少し興味もあって、わくわくもした。
母には話を受けることと、感謝の気持ちを手紙に書いて送った。
◇◆◇
「はー、お前が伯爵令嬢ね〜。上手くやれんのか?」
〈上手くも何も、これまで通りレティの侍女としてやっていくだけよ。面倒な社交関係も、声の事を理由に断り易いし、伯爵家には御子息も御息女もいるから結婚も気にしなくていいって言われているし〉
「結婚ね〜、考えてんのか?」
〈え? 結婚について? 私には向いてないわよ〉
「ふーん」
〈何よ?〉
「別に〜?」
〈……そういうフィリップこそ、結婚とか考えたことあるの?〉
「あー? さぁなぁ。お、もうこんな時間か。俺もう寝るわ、おやすみ〜」
〈……この時間はまだ起きてるって言ってたくせに〉
逃げたフィリップの背中に文句を言いつつ、私は新しい紅茶を用意した。
その後少し一人でボーっとしなからゆっくりすると、場を片付けて後にした。
休憩室を出て部屋に戻るために階段を登る。
私の部屋は畏れ多いことにレティの部屋の隣にある。いつ呼ばれても良いように侍女の部屋はそこと決まっているらしいが、綺麗な部屋に未だに慣れない。
ちなみに護衛騎士であるフィリップは、同じ階の少し離れた位置に部屋がある。
夜も遅いため音を立てないよう静かに階段を登り、角を曲がったところで違和感を感じた。
(……誰かいる?)
奥の突き当たりにあるレティの部屋の前。そこに立つローブの人影を怪しく思った時、その影が突然振り向いたと思ったらそのすぐ後には目の前でナイフを振り上げており——
「……きゃあああー!!!」
ダァン! という大きな音に思わず瞑っていた目を開ける。
するとそこには壁際へと吹き飛ばされ、アイビーに踏みつけられている人がいた。それを見てホッとしたのもつかの間、急いで声の聞こえた方へと走った。
〈レティ……!!〉
私の横をすり抜けて行ったフィリップに続いてレティの部屋へと入ると、隅でフィリップに支えられながら震えるレティと、ベッドの奥、開いた窓の近くでアミーに締め付けられている二人目のローブ姿の人間がいた。
〈レティ……っ! 大丈夫? 怪我はない?〉
「……っ! カミールっ、わ、私は大丈夫。何ともないわ。音が、したと思ったら、ア、アミーが……」
私と入れ替わる様にしてアミーの方へ行ったフィリップを見る。
「おー、アミー。やるじゃないか。お嬢さんをしっかり守ったな、偉いぞ」
色々あったあの二人(一人と一匹)はそれなりに仲が良くなり、フィリップの言葉に嬉しそうに尻尾を振ると巻きついていた身体を緩め、中の人影がドサリと音を立てて床に倒れた。
それを見えないようにレティの頭を胸に抱き込んでいると、ザワザワとしていた廊下から旦那様と奥様が慌てた様子で駆け込んできた。
あの後お屋敷は騒然とし、他にも侵入者がいないか騎士たちが見回っている。
今のところあの二人以外は見つかっていないらしい。
そして状況確認と説明のため、旦那様の執務室に一旦集まることになった。
奥様はレティを抱きしめ無事を確認した後、まだ小さいイリス君に付きそうため、彼の部屋へと向かった。
私はアイビーにレティを任せて、汚いものに巻きついていたアミーをそれはそれは丁寧に、褒めちぎりながら洗っていた。
するとまたザワザワとした空気の後にバタバタと走る足音、ドアを乱暴に開ける音と同時に声が聞こえた。
「ヴィー!! 無事かっ!?」
「っ!! ユリウス様……っ!!」
執務室の続き部屋にある浴場から、タオルにくるんだアミーを抱えながら顔を出すと、案の定殿下に抱きしめられたレティがいた。
こちらに寄ってきたアイビーにお礼を言いながらフィリップの横へ行くと、ホカホカと湯気をたてながら眠たそうにしているアミーと私の顔を交互に見て、呆れたようなため息をついた。
〈何よ?〉
「……いや、こんな時でもお前はいつも通りだな、と思って。安心するよ」
〈顔とセリフが合ってないのよ〉
すると殿下と一緒にやってきたのだろう、アルヴィン様が声をかけてきた。
「無事だったか?」
〈はい、アイビーのおかげで何ともありません〉
「……そうか」
そう言いながら彼は手を伸ばし、私の髪を整えるように軽く梳いた。
恐らくアイビーがあれを吹き飛ばした衝撃や、その後の出来事で色々と乱れていたのを直してくれたのだろう。
その丁寧な手つきは、むずむずするのでやめて欲しい。
〈私にはいつもアイビーが側にいてくれるので、何があっても大丈夫ですよ〉
「……そうだな」
「お前さぁ……」
呆れたようなフィリップの言葉に首を傾げると、再び彼から声がかかった。
「私はいつも側にいる事は出来ないが、何かあった時に思い浮かぶ相手くらいにはなりたい」
〈……側にいないと意味ないですよね?〉
「ふっ、……そうだな」
「お前さぁ……っ!」
何故か先程よりも言葉の強くなったフィリップを横目に、言葉を続ける。
〈心配してくれてるのは分かります。嬉しいです。でも私の近くにはアイビーと、……アイビーがいてくれるので本当に大丈夫です〉
話しながらアイビーの後にフィリップを見ると、凄い顔で首を横に振っていたので少し空気を読んだ。
そんなやり取りをしていると、コホンッと咳払いが聞こえた。
「殿下、うちの娘を案じてくれた事は大変嬉しく思います。ですがそろそろ離して頂いても? おかけ下さい、大事な話があるのでしょう?」
周りへの指示を終えて部屋へと戻ってきた旦那様だった。
アミーをレティへと渡し、全員分の飲み物などの準備など、これから話し合いをするための環境を整える。
動き出す前、アルヴィン様は苦笑いしながら殿下の側へと戻っていき、その彼をまるで労う様に二本の尻尾で背中を軽く叩いていたアイビー。
少し仲の良い様子に嬉しくなったところで、フィリップに“俺の名前を出さなかった事だけは褒めてやる"と言われた。
自分でも少し可愛くないとは思ったものの、レティみたいに抱きつくわけにもいかないし、どうすれば良かったのだろう。
心配してくれて嬉しいとは、ちゃんと言葉にして伝えたのに。




