33 - 家族の絆
それは珍しく雨が続いたある日。
初めて奥様に呼び出された私は、そこで驚きの提案をされた。
◇◆◇
一昨日、昨日に引き続き冷たい雨が地面を叩く。
レティとお茶をしているイリスくんは、続く雨に外へ遊びに行くことが出来ず少し不機嫌そうだった。
「はぁー。今日は外に行けると思ったんだけどな……」
「そうね、天気ばかりはどうにも出来ないから、しかたがないわ」
「お姉様はいいじゃないですか、いつもアミーと一緒に遊べて」
「イリス、私は遊んでいるわけじゃないのよ?」
「そうだぞ坊ちゃん。俺の命がかかってるんですから」
レティの言葉に被る勢いで答えたフィリップから、とても切実さを感じる。まあ、確かに彼が一番苦労しているのかもしれない。
「……分かってますよ」
どこか拗ねた様子のイリス君は、レティがアミーと契約出来てから少し元気がない。
彼は自分の契約獣にレバンを望んでいたが、彼女はフィリと名付けられ今はシーラと契約を結んでいる。
話を聞いた時はとても落ち込んでいたが、保護された契約獣が契約相手を見つけられることはとてもいいことなので、頑張ってそれを受け入れていた。
しかしレティが契約し、常に一緒で楽しそうな姿を見たことで、やはり羨ましく、そして寂しくなってしまったのだろう。
ただ、家族全員がそれを理解していても契約は相性なので、周りがどうにかするのも難しく、全員がどこかやり切れない気持ちを抱えていた。
しかし、きっとそれも今日までだ。
ドアの外に感じる気配に、レティに目配せをする。
「イリス、今日はね、あなたへ紹介したい子がいるのよ」
「? 僕に、ですか? 誰ですか?」
「カミール、お願い」
〈はい〉
レティの言葉に部屋のドアを開けると、そこには口に何かを咥えたアイビーがいた。
そのまま部屋へと入り、イリス君へと近づいて行く。
「アイビー? アイビーなら僕、知ってますけど……。あれ? 何か咥えてる? ……ん? あー!」
イリス君の声にびっくりして、アイビーの口元から飛び跳ねた小さな白い塊は、そのままイリス君の膝へと着地した。
驚いた影響で顔よりも大きな耳はピンと上に立ち、警戒するように小刻みに動いている。
そして身体と同じくらいある尻尾は膨らみ、ふわふわだ。
「少し前に会ったことがあるでしょう?」
「……はい。魔獣舎に行ったときに、茂みに引っかかってて。助けてあげた後、すぐに何処かへ行っちゃったんですけど、この尻尾、覚えてます。ライリーの足と同じで、先っぽが水色で……」
〈この子は少し前に来たのですが、その時に会ったのでしょうね。親切にしてくれた坊ちゃまのことが、気になっていたみたいです〉
「! 僕のことを?」
「その子と契約しろという訳じゃないの。ただ、仲良くしてみたらどうかと思って。ふふっ、ほら、あなたのことが好きみたい」
イリス君の膝の上でははち切れんばかりに尻尾を振っている小さい生き物。
それを見たイリス君は、呆然としていた表情が次第にぱぁっと明るくなっていき、満面の笑みになるとその子を抱きしめた。
「可愛い! 凄い! 僕のこと、気に入ってくれたの? 嬉しい!」
「その子はフェネーク。まだまだ子供だから、これから大きくなるわ」
「ライリーくらいになりますか!? 僕、契約出来るようになったらこの子と契約します! わぁ〜、ふわふわだぁ〜っ! あははっ、一緒に大きくなろうね!」
久しぶりに見る満面の笑みに、そこにいる全員がほっとしたのが分かった。
その後もイリス君はずっとフェネークを膝に乗せ、眠ってしまってもずっと撫でていた。
その幸せそうな笑顔と寝顔に、こちらまで幸せな気持ちになった。
◇◆◇
その日の夕食後、私は奥様に呼ばれ、緊張しながら部屋のドアをノックした。
「どうぞ、入ってきて」
〈……失礼します〉
扉の奥はとても洗練された雰囲気で、おしゃれな家具や調度品で綺麗に整えられていた。
そしてその真ん中にあるソファに座る奥様は、この部屋に相応しい気品があった。
「ふふっ、そんなに緊張しないでちょうだい。少し話したいことがあって呼んだだけだから、こちらにかけて?」
〈失礼します……〉
「二人きりで会うのは初めてだから、やっぱり緊張しちゃうかしら? なら早く解放してあげないとね。まずは、イリスのこと。どうもありがとう。ずっとフェネークの話をして、本当に嬉しかったのね」
〈あれは、坊ちゃまの行動があったからで、私は何も〉
「そうかもしれないけれど、フェネークがイリスを探していたなんて、誰も知らなかったわ。あなたのその特別な力のおかげよ」
〈……ありがとうございます。でもそれならアイビーのお手柄ですね。私もアイビーに教えて貰ったので〉
「あら、そうね。ならアイビーにも感謝を伝えておいてちょうだい」
〈はい〉
優しい言葉に心がぽかぽかした。
母親というものは、みんなこんなに暖かな人なのだろうか。
そんな風に少し油断していたところに、まるで嵐のように私の心をかき乱す話が飛び込んできた。
「ミモザから手紙が届いてね、あなたをカッセル伯爵家の養女にするって」
最初は何を言っているのか分からなかった。
もちろん聞こえているし、意味も分かった。
でも理由が分からなかった。
そんな状態の私に、奥様は話を続けた。
「勿論、無理にとは言わないわ。ミモザも嫌なら断ってもいいって言ってる。でもね、厳しいことを言うと、殿下の婚約者になったレティの侍女として結婚後も一緒にお城へ着いて行くのなら、孤児院出のただのカミールのままだと少し良くないの。ミモザも元は貴族令嬢、この世界のことは勿論分かっているから、自分の兄に頼んだのでしょう。カッセル伯爵からは了承の言葉と、一度あなたと会って話したいと返事を貰っているわ」
〈……〉
「……この話を私が代わりにしているのはね、いくらあなたのためとはいえ、自分の最初の子を、大切な我が子を人に渡すのが嫌だからですって。ふふっ、ただの書類上の関係な上に、自分の兄が相手なのによ? 今だって、一緒に住んでいる訳でもないのに、まるで娘をお嫁に行かせる父親みたいなことを言って……」
奥様はそう言うと静かにソファを立ち、私の横に座るとそっと抱きしめてくれた。
「あなたたちには血の繋がりはないけれど、それ以上に今まで作ってきた強い絆があるでしょう? 大丈夫、あなたはミモザにとても愛されてる。今の貴女がいるのはミモザのおかげだけれど、ミモザがいるのも貴女のおかげ。あなたはミモザの全てよ。彼女の親友の私が言うんだもの、間違いないわ」
顔を上げると、優しい微笑みがあった。
「あなたを捨てる訳じゃない。あなたを愛しているから、あなたのためにカミール・カッセルになって欲しいのよ」
〈……っ〉
改めて気付かされた母の愛情の深さに、私は頷く事しかできなかった。




