32 - 経験値と場数
部屋に残された私たちだが、これからどうするのだろうかと思っていると、ノックの音が聞こえた。
入ってきたのは男性にしては少し小柄な、明るい茶色の髪に青色の瞳をした青年だった。
フィリップとシーラによると彼こそが前神殿長の息子で、ルーカス・オーケルバリ。現神殿長とは叔父と甥の関係らしい。
そして魔法学校のレティの一つ上の先輩だった。
オーケルバリ家は王家の傍系だが、そろそろ血が遠くなってきたため、もう少し王家に近いものを新たな神殿長にと考えていたところだった。
しかし突然の前神殿長の死に間に合わず、取り敢えず息子をと思っていたら、勝手にあの豚様が新たな神殿長として立ってしまったらしい。
ここまで昨日予習としてフィリップに聞いていた話だ。
そしてそんな豚様の甥である彼の第一印象は、おっとりした感じで尚且つ品の良さもある。
とても先程の人と血が繋がっているとは思えないが、元は王家の血筋。彼の叔父がおかしいというか、例外なのかもしれない。
ここからは彼が側に付くようで、殿下やレティに挨拶をしていた。
歳はレティの一つ上で、どうやら三人共それぞれ面識があるのか気兼ねない様子に見えた。
「——では行きましょうか。面倒かとは思いますが、人々が聖獣様の出現に喜んでいるのも事実なのです」
「いえ、そんな、面倒だなんて……! 少しでも希望になれたのなら嬉しいことです」
「……あなたはあの頃と変わらないですね」
「え?」
「いえ、何でもありません。……殿下も睨まないで下さいよ。微笑ましいと思っただけじゃないですか」
「気にするな、憎らしいと思っただけだ」
「……」
「ふっ、冗談だよ。ほら、案内してくれるんだろう?」
「はぁ。……はい、こちらです」
ずいぶん、仲がいいらしい。
今日のことは予め、ここを訪れた人などへとある程度周知していた様で、それなりの人数が集まっているらしい。
少し奥にある、成人の儀などを執り行う広いホールの様な場所で、お披露目をするとのことだった。
そしてそこへと向かう道すがら、思いがけない人と会った。
「ルーク、ここにいたのね」
「リア、君も来ていたんだね」
「当たり前でしょう。あら、殿下お久しゅうございます。ご健勝そうでなによりですわ。……ヴィオレット様も、この度は聖獣様とのご契約おめでとうございます」
金色の髪に紅の瞳。
彼女がリナリア・カースティだろう。
「あぁ、リナリア嬢。君も変わりない様で嬉しいよ」
「お久しぶりです、リナリア様。……ありがとうございます」
彼女はとても綺麗な人だった。
レティとは真逆の人といった印象で、自分に自信を持っているのが見ただけで分かるような人だった。
四人は少し話していたが、確かに見ているとリナリアのレティに対する当たりというか、視線は厳しいものの様に見えたし、それにレティは萎縮している感じだった。
しかしここで不思議なのはレティ至上主義の殿下が、レティを気遣いつつもリナリアには何も言わないところだ。普段の殿下ならレティを腕の中に隠して嫌味の一つでも言いそうなのに……。女性相手だからだろうか?
そんなことを考えていると、ふとフィリップを挟んで横に並んでいるシーラと視線が合った。
真剣な表情で頷いてきたので、私もそれに返した。
その後顔を正面に戻したけれど、まだ人付き合いの経験値が少ない私には、上級テクニックであるアイコンタクトは難しかった。ごめん、シーラ。
そしてリナリアがその場を離れ、その後はホールへと向かい中へ入っていく。
この先はあまり広い場所ではないからと、私とシーラは入り口付近で待つように言われ、レティと殿下はそれぞれ護衛騎士のフィリップとアルヴィン様のみ連れて横の通路から奥まで進んでいった。
ホールには人々が溢れており、皆今か今かとレティと聖獣の登場を待っているようだった。
ふと視線を感じ、そちらへ顔を向けると、反対側の入り口の隅にローブ姿の人がいた。深くフードを被っているためその顔はよく見えないが、視線が交わる。
その瞬間、背筋に何か言いようのない何かが走った気がしたが、突然"わあっ!!!"っと上がった歓声に驚き視線を前に向けた。
人が多くて見えないが、うっすら光っている気がするので神殿長と共にレティたちが出てきたのだろう。
ハッとして視線を戻すが、先ほどの場所にローブの人影はなかった。一瞬交わった紅い瞳だけが、私の頭の中に残った。
「凄かったですけど、レティ様は全然見えなかったですねー。残念ですぅ」
〈そうね、きっと可愛かったでしょうに〉
あの後無事に事は進み、神殿長の長い、それは長い不必要な演説の後にレティとアミーの見せ場があった。
聖獣といえば癒しの力、それは平民でも知っていることらしく、分かりやすくその力の披露があった。
レティが願い、それをアミーが叶える。
単純ではあるが、一番効果的だ。
ホールに広がる優しい治癒の光。以前に私の腕を治してくれたものと同じ光が、その日そこに集まった人々を癒した。
効果を知っていた私も、その光景には目を奪われたし、他の人など余計にそうだったのだろう。
神殿長があまり期待していなかったのか重症者などはいなかったが、皆が聖獣であるアミーの力に興奮しているのが伝わってきた。
この時から、レティは聖女と呼ばれることになる。
あまりの盛り上がりにレティたちは下がったが、それでも尚収まらない。
私たちはこの後レティたちと合流予定たが、人混みの多さになかなか進めない。
シーラと感想を言い合いながらゆっくりと進んでいると、なんとなく此方へと向かってくる人が目についた。その人はこの人混みの中何故かコップをもっている。このままだとぶつかり、シーラが濡れてしまうと彼女と入れ替わるように軽く引っ張ると、そのまま私がぶつかった。上手くよけるのは難しかった。
「「あっ……」」
一瞬の沈黙の後、その人は一言謝るとまた人混みに消えて行った。
「え、……えー!! ちょっと、どうするつもりなんですかコレ! え!? あの人普通にどっか行ったんですけど! ハッ! 姉様大丈夫ですか!?」
〈えぇ、腕にかかったくらいで……、あ、スカートにもかかってるわね〉
「結構濡れてるじゃないですか! 拭かないと! もー、なんでそんなに落ち着いてるんです!? もっと怒っていいんですよ!」
〈そうね、あの人もこの人混みの中誰かに足を踏まれて転んで蹴飛ばされて、その先に水溜りでもあればいいと思っているわ。でも残念なことに、最近は天気が良くて水溜りはなさそうね〉
「おぉう……。結構怒ってた……」
立ち止まっては邪魔になると、少し隅により持っていたハンカチで水分を取る。
そこまで凄く濡れた訳では無かったが、涼しくなってきた今の季節だと、濡れた部分は少し冷える。
「あれ? あなたたちは……。こんなところでどうかなさったのですか?」
そこに声をかけてきたのは、ルーカス・オーケルバリだった。
「すみません。警備の都合上、今通せるのがこの部屋しかなくて。それに着替えもここにはこれしかなくて……」
そうして申し訳なさそうに彼、ルーカスが渡してきたのはここの神官の服だった。
確かに少し嫌だが、仕方がないし大人しく頭を下げてなるべく丁寧に受け取る。
そしてそのまま彼の顔を伺った。
私は少し嫌だが、彼はどうなのだろうか?
最近周りの人がいい人ばかりで忘れていたが、本来私の容姿は忌み嫌われるものだ。
神殿関係者には特にそうで、小さい頃からここには近寄らないようにしていた。
だから神殿と関わりの深そうな彼もそうじゃないかと思ったのだが……。
「? どうかしましたか? あぁ、着方が分かりませんか?」
何とも思っていなさそうに接してくる彼に少し驚いた。
でも、貴族や偉い人は笑顔の裏に気持ちを隠すのが上手いと聞く。
「大丈夫そうですか? では僕は廊下に出ていますので、何かありましたら遠慮なく言って下さいね。あぁ、ヴィオレットさんや殿下には使いの者に言伝を頼んでいるので、着替え終わったら皆さんの場所にご案内します。それでは」
疑うのが申し訳ないくらいの邪気のない笑顔と親切さに、私は頭を下げることしか出来なかった。
シーラには脚の痣について教えていないので、彼女にも部屋の外に出てもらい私は一人で着替えた。
「〜〜。〜〜〜」
「——。——」
「〜〜〜。〜〜」
「——」
扉の外で何か話しているなとは思ったけれど、シーラは人懐っこい子だし、特に何も気にせず近づいていった。
「分か——た。石を———って——ね」
「うん。〜〜〜動く〜〜から。それとヴィオ〜〜〜注意〜〜」
「何か——ですか?」
「いや、まだ〜〜けれど、少し〜〜予感がするんだ」
「……分かりました、それも伝えておきます」
ドアを開ける前、少し考えた。こういう時、普通に開けてもいいのだろうか。
頭に浮かんだあの人は、どうするのか。
「あっ! 姉様終わりましたか?」
「良かったです。無事に着れたようですね」
〈……〉
とりあえず少し間を空けてから扉を開き、微笑んでおいた。
「姉様? どうかしましたか? 体調悪いです? あ! もしかして濡れたことで体が冷えて!?」
「それはいけない。早くみんなのところへ行って、今日はもう帰った方がいい」
フィリップ、どうやら私は、あなたみたいに上手く笑えないみたい。




