31 - 光輝く……
王都の教会では毎年、無償で癒しの魔法を使ってくれる日がある。
それは建国記念祭の三日間だ。
教会は、この世界を創ったと言われる女神カルミアに仕える者たちによって構成されており、その規模は大きく世界各国へと点在している。
成人の儀や婚礼、葬儀などの際には女神への報告のため、また仲介として神官が立ち会うことがほとんどだ。
そして神殿は各地に居るとされる神獣をそれぞれ祀っているのだが、そもそも神獣は女神の眷属とされているため、神殿も教会の翼下のような立場になっている。
しかしこの国では国の成り立ちからして、女神よりも神獣の方が身近で信仰が強く、教会より神殿の方が立場も上であった。更に本来ならば神殿のトップは教会本部より派遣されるが、この国では代々王家の血を引く者が勤めていた。
そのため様々な儀式の仲介は勿論、建国記念祭でも本来ならば神殿にてその役目を担っていたのだが、神獣の存在が御伽噺のようになるにつれ神殿の力も弱まり、いつしか教会が主導するようになっていた。
そんな情勢の中起こった吉事。
神殿がレティと聖獣の力を借りたいと考えるのも、無理はないのかもしれない。
オルブライト公爵家としては、カースティ家との噂のこともありあまり今の神殿にいい感情はない。そして王家としては多少の不和があろうとも、長い付き合いである神殿をあまり粗雑には扱えない。なにより国家としては、これ以上の教会の介入は更なる混乱を招くため避けたいところ。
そのため旦那様は、酷く嫌そうに今回の神殿行きを認めたらしい。
◇◆◇
「おーい、準備出来たかー?」
〈今行くわ〉
普段よりも更にシンプルな格好のレティとフィリップと共に馬車に乗り込む。
殿下たちとは現地で合流予定だ。そう、殿下もご一緒されるらしい。
〈そういえば私、ちゃんと神殿の中に入るのは初めてかも〉
「そうなの? あら、でも成人の儀は?」
〈あれは別に強制ではないでしょう? だから私はやっていないの。あまり近寄りたい場所でもなかったから〉
「そう……」
成人の儀は、その年に成人を迎える子供たちを近くの神殿に集めてやる。
しかし私は神官たちとの相性が悪いため、行けば面倒事になるのは分かっていたので当然不参加だった。
「えっと、今日は大丈夫? 屋敷で待っていた方が良かったかしら……?」
〈私は大丈夫よ。ただ、レティに迷惑がかかりそうだったら馬車に戻るわ〉
「私に……?」
理由の分かっていなさそうなレティだが、そこは敢えて答えず笑って誤魔化しておく。
そんな私から隣のフィリップに視線を移したようだったが、彼は肩をすくめるだけだった。
神殿に着くと、なかなかの人の多さに驚いた。
やはり神官たちの私を見る視線は厳しく煩わしいが、それよりも改めて今回の注目度に驚くと共に、それを一身に受けることになるレティが心配になった。
少しして王家の馬車も着き、中からアルヴィン様と殿下、もはや定番となったシーラも出てくる。
なんと彼女は最近、異例の出世で殿下付きの侍女になったらしい。
少し前に貰った手紙に、殿下がレティに会う時にはシーラもフィリップに会える。という餌に喜んでつい食いついてしまったが、人使いが荒いと嘆いていた。
指名の理由は、表向きにはレティと仲が良いからとのことだった。
殿下にも色々考えがあるのだろうが、シーラならなんだかんだ大丈夫そうに思えたので、陰ながら応援しようと思う。
(殿下の侍女とか、確かに凄くこき使われそうだわ)
多少不憫に思い無意識に頭を撫でると、不思議そうな表情のシーラと目が合った。
その後嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた彼女を見て、これに落ちないフィリップは本当に男なのかと疑念の目を向ける。
「なんだよ?」
〈別に〉
そんなやり取りの中、神殿の奥からこちらへ何かがやってきた。
丸くて上の方が少し輝くそれは……
〈光る豚が歩いてる……?〉
「「っ!」」
「ぶふっ、んん"っ」
どうやらあまりの衝撃に言葉が漏れてしまったらしい。
皆一斉に口元に力が入ったのが見えた。
フィリップだけ空気が出ていたが、咳で誤魔化しながらこちらを睨んでくる。
「これはこれは、出迎えが遅くなってしまい申し訳ありません。私この神殿を預かりますダーヴィド・オーケルバリと申します。どうぞダーヴィドとお呼び下さい。本日はこちらの我儘を聞いて頂きありがとうございます。……おや、殿下もご一緒でしたか。お久しぶりでございます」
偉い人だろうとは思ったが、なんと輝く豚様は神殿長だった。
そしてその態度はレティには凄く丁寧だが、殿下に対しては若干ぞんざいな感じがした。
表情もどこか小馬鹿にしたような笑みで、あまりいい気分はしない。
そう思うのは私だけではないみたいで、表情を険しくしたアルヴィン様が一歩前へ踏み出すと、それを見た神殿長は「ひっ……!」と小さく悲鳴をあげた。
しかし殿下が何か合図をすると、アルヴィン様は視線を下げて一歩下がる。
「……申し訳ありません。……少々、眩しくて……」
別に睨んだ訳ではないというアルヴィン様の言い分は、フィリップにダメージを与えていた。かくいう私も少し笑いそうになったが。
そして当の殿下はなんともない様子で嫌味のない素晴らしい笑顔を浮かべていたが、言葉は軽く当て付けていた。
「えぇ、お久しぶりです。最近の神殿は色々と忙しい様で、全く城の方には来ていただけないですからね。なので今日は婚約者の付き添いも兼ねて、久々に神殿長のお顔を見に来ました」
「初めまして神殿長様、ヴィオレット・オルブライトです。それからこのこが聖獣のアミークスです。本日は微力ながら頑張らせて頂きますわ」
そしてそのまま相手には何も言わせないように、背に手を添えられたレティが挨拶をする。
流石未来の夫婦。スムーズな流れだった。
「……おぉ! そちらが、聖獣ですか……。随分と小さい…いや、大きさなど関係ありませんな! 癒しの力さえあれば、いやいや、存在そのものが素晴らしい! 皆楽しみにしておりますので、今日はよろしくお願い致します」
それに対して憮然とした表情を浮かべていたが、聖獣と聞くとあからさまに喜んだ。しかしアミーの大きさを見て少し落胆した様子を見せ、その後はそれを誤魔化すように大袈裟な身振り手振りでご機嫌に話していた。
そのまま神殿の奥の方へと案内され、応接室のような一つの部屋に入ると、今日の段取りの様なものの確認とすり合わせを行う。
私たちは後ろに控えていたが、フィリップに腕を引かれシーラと三人、更に少し後ろに下がる。
「お前さぁ、ほんと止めろよ。不意打ちはキツいって」
「笑い堪えるの大変でしたよ〜」
〈ごめんなさい。でも、二人はあれを見て何も思わないの? アルヴィン様だって眩しいって言ってたわ〉
「「……」」
無言は肯定。
やはり二人も同じようなことを思いはしたらしい。
そもそも神殿長なんて言われる人なのだから、清廉とまではいかなくとも、穏やかで優しい人を想像していた私はおかしくないと思う。
それなのに実際は、残った毛髪では隠しきれない光る頭皮、その上に申し訳程度に乗った小さめの帽子。顔を洗っているのか怪しいこれまた光った顔に、そこに浮かぶのは俗物的な笑み。更には必要性の分からない装飾品たち。
これらが、あまり外出しないのか日に焼けていない白い立派な身体にあるものだから——
〈輝く白い豚にしか見えないわよね〉
「まだ言うか」
「姉様……」
改めて見てもそうとしか見えないのだから仕方がないと思う。
〈でも、私のことに対して何も反応が無かったのは意外だったわ。嫌味の一つくらい貰うと思ったのに〉
「ああ、あーいう奴は金持ちと権力者とかにしか興味ないからな。俺らみたいなのはそもそも視界に入ってないんだよ。話しかければすっげー嫌な顔して、嫌味の一つと言わず沢山くれるぞ」
〈……遠慮するわ〉
少しはマシなところもあるのかと思いきや、更にダメさが増しただけだった。
「まあ、元々今の神殿長は代理っていう話ですから——」
「ぶわぁああっ!」
小声でそんなやり取りをしていると、前方から何やら情けない悲鳴のような鳴き声が聞こえてきた。……いや、悲鳴が聞こえた。
見るといつの間に大きさを変えたのか、レティの首元に緩く巻きつき、頭を神殿長の方に伸ばしたアミーがいた。
突然大きくなって驚いたらしい。
その後は少し焦ったように取り繕うと、要件は伝えたとばかりに立ち上がり部屋を出て行く。
ヘビが苦手なのかもしれない。
アミーからも珍しく、ストレートに嫌悪する気持ちが伝わってくる。
(聖獣に嫌われる神殿長とは、色々と残念な人ね)
閉まる扉の向こうに見えた丸い背に、思わずため息が出た。




