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30 - フィリップの受難

 

 

 

 レティの契約が無事終わっても、誰も動かず言葉も発さなかった。

 

 最初に動き出したのは、旦那様だった。

 

「レティ! やったじゃないか! 契約はいつか必ず出来ると思っていたが、まさか聖獣とするとは思わなかったよ。流石は私の自慢の娘だ、おめでとう」

「お父様……ありがとうございますっ」

 

 感極まった様にレティを抱きしめる旦那様と、そこで実感が持てたのか、色々な気持ちが瞳から零れ落ちるレティ。

 

 その様子を見つめる周りの人たちは、安堵や喜び、とにかく優しい表情だった。

 私の頬も緩んでいるのを感じるので、似たような顔をしているかもしれない。

 

「それにしても、カミールは聖獣の気配が分かるだけでなく、魔力の繋がり?まで見えるのか……」

〈見えるというか、なんとなくそんな気がするっていうだけですけどね。変な力ですけど、こうして役に立つと嬉しいですね〉

「……そうだな。やはり君は、いや……」

〈?〉

 

 なにやら考えこんでいる様子の殿下はその後、恐らく歴史的となるだろうレティの聖獣との契約を、今後どの様に扱うかの話し合いを旦那様との間で軽くしていた。

 

 詳しい内容はよく分からなかったが、時期を見ての発表となる様だ。

 殿下の婚約者であるレティが聖獣と契約できたと言うのは、恐らく政治的にも色々あるのだろう。

 

 難しい話は敢えて聞かない様にして私はレティと話をする。

 向こうもあまり聞かせたくない様だし、何かあればフィリップは話を聞いているみたいなので大丈夫だろう。

 

〈おめでとう、レティ。この子も凄く嬉しそう〉

「ありがとうカミール。まさか本当に契約出来るなんて……この子が私を選んでくれた事、本当に嬉しいわ」

〈ふふ、それなら早く名前もつけてあげないとね〉

「そうね! 名前、名前……」

 

 真剣に考え出したレティの邪魔をしない様に、机の上にあったお菓子を聖獣の小さな口元へと近づける。

 パクパクと食べる姿に、しばらく一人癒されていた。

 

「食べさせて平気なのか?」

 

 話が終わったのか近づいてきたフィリップの言葉に首を傾げる。

 

〈え、ダメなの?〉

「いや、知らないから聞いたんだが……」

〈……アイビーは良く食べるから大丈夫じゃないかしら〉

「えー……」

 

 微妙な目で見られたので止めようかとお菓子を離すと、小さな尻尾でパシパシと叩かれた。

 

〈食べるみたい〉

「聖獣って食いしん坊なんだな」

 

 フィリップと二人で話しているとレティが顔を上げた。

 

「決めたわ! アミークス、アミーにする!」

 

 そう言うと聖獣を目線の高さに持ち上げ、笑顔で話かける。

 

「あなたの名前はアミークスよ。古語で友人と言う意味があるの。カミールとアイビーのような素敵な友達に、私たちもなりましょうね!」

〈レティ……〉

 

 レティの言葉に少し照れ臭くなったけれど、彼女なら間違いなくアミーといい関係を築けるだろうと、旦那様や殿下にも笑顔で名前を報告する彼女を見て思った。

 

 

 

「それにしても小さいな。気をつけないと潰しそうだぞ」

「ちょっと、フィリップ止めてよ。アミーはこれから大きくなるんだから大丈夫よ」

〈あ、〉

「「え?」」

 

 帰り際、ふと溢したフィリップの言葉に反応してアミーが大きくなった。

 どうやらこの聖獣は大きさを自在に変えることが出来るらしい。

 

 そんな感じで最後に少し騒がしくなったが、本来の用事も終わり、それぞれ十分過ぎる成果を手に入れ解散となった。

 

 

 

 

 今ある日常など、僅かなことで傾きかねないことを忘れていた。

 充実した毎日と、幸せな日々。長く続くことで当たり前だと、ずっと続いていくのだと勘違いをしてしまう。

 

 

 

 レティの周りは少しづつ騒がしくなった。


 

 

◇◆◇

 

 

 日が暮れるのが早くなり、肌寒さも感じるようになってきた頃。

 

 あれからあまり日を置かず、レティの聖獣との契約は公表された。

 準備に時間がかかるとその間に情報が漏れることを考え、レティ周囲の警護を強化してからの通知となった。

 大々的に人前に出ての発表ではなかったが、その驚くべき出来事は瞬く間に広がった。

 

 そして魔獣による被害が増えている中でのこの吉報は、人々に希望を齎(もたら)した。

 

 周りの国に比べて豊かだと感じつつも、慣れは人の心を鈍くする。

 神獣の加護があると言われるこの国だが、今はその姿は勿論、聖獣すら見たことのある者はおらず、物語の中の生き物になりつつあった。

 そんな中での聖獣との契約は、物語ではない神獣の存在を、少しは意識させたのかもしれない。

 

 

 

「今の状況を憂いた神獣様が、聖獣を遣わされたんだってさ」

〈何の話?〉

「なんか街でそういった噂が広がってるらしい。“これでもうこの国は安心だー”みたいな」

〈なにそれ。少し前は”この国は神獣様に見放されたんだ〜“なんて話がなかった?〉

「まあ、あったっちゃあったけど、そんな堂々と言うのはお前くらいだよ」

〈周りには聞こえないから問題ないもの〉

「……便利な力だよな」

 

 部屋の隅でレティの邪魔にならないよう気をつけながら、フィリップと言葉を交わす。

 

 ついに契約獣を持ったレティは、その扱いについて勉強している。

 といっても、これまで誰も聖獣と契約したことがないため、通常の魔獣と契約した場合との差異の確認となった。

 元々ある程度の知識は既に持っていたためすぐに終わったのだが、大変なのはここからだった。

 

 自分の契約獣について知ること。

 

 ある程度の意思疎通の出来る魔獣は当然ながら自我があり、個体差がある。

 そのため契約者はそこをしっかり理解しなくては、魔獣と上手く付き合っていけない。

 こればかりは人間関係と同じで手順や正解などないため、個人の努力がものを言う。

 しかし契約の段階で相性の良さが予(あらかじ)め分かっているので、そこまで苦労することがないのも事実だ。

 

 現にシーラもすぐにフィリと打ち解けて、今では色々なことが出来るようになったらしい。

 細かいことは聞いていないが、シーラの場合あまり深く突っ込まない方がいい気がする。

 

 これらを踏まえるとレティも問題ないように思えるが、少々事情が異なった。

 

 聖獣がまだ子供だったのだ。

 

 魔獣や聖獣は長寿のため最近産まれた訳ではないが、精神がゆっくりと成長していくため今はまだ子供なのだとか。

 そのため難しい言葉は理解できず、自身の能力についてもまだしっかり把握していなかった。

 なのでまずはそこから調べることになったのだが……。

 

 

 そもそも聖獣とはなんらかの要因により体内に聖なる力を宿した魔獣のことをいう。

 実に曖昧だが、実在するのかも怪しい存在だったらしいのでそこは仕方がないのだろう。

 

 しかしアミーにも元の魔獣としての種(しゅ)があるのも事実で、色こそ違うがコールスネークだろうとのことだった。

 だがここでまた問題なのが、コールスネークも珍しい存在のため詳しい資料が無かったのだ。

 

 結局レティは一からアミーと向き合っていくしか無かった。

 

 出来そうだからという軽い気持ちから契約を勧めてみたものの、大事になりつつあることに少し反省した。

 その中でレティが嬉しそうなのがせめてもの救いだった。

 

 

「う〜ん。だいたいこんな感じかしら?」

〈終わったの?」

「今日のところはね。あまり長く続けてもアミーが飽きちゃうから」

 

 机の上の紅茶を新しいものに取り替えながら、大きく伸びをするレティを見る。

 満足気な表情に、上手くいっている様だと安心する。

 

「やっぱり聖獣だからなのか、癒しの力は本能的というの? スムーズに使えるみたい。魔力も多いみたいだし」

「俺としては早く他の能力をしっかりと把握して欲しいんですがね」

〈あら、ダメよ。ゆっくり慎重にいかないと〉

「……他人事だと思って、って、ぅおぉっ!」

「ふふ、仲良しね」

「ちょ、やめっ…!」

 

 なんだかんだ、ここ最近の一番の被害者はフィリップかもしれない。

 

 どうやらアミーはフィリップを遊び相手として認識したらしく、基本的には最初に見た時の小さな姿なのだが、彼相手には大きくなってよく戯(じゃ)れついている。

 

 そのため、

 絞め殺されそうになること三回。

 締め落とされること三回。

 締め付けられること五回。

 

 こればかりは仕方がない。アミーはまだ子供で、手加減を知らなかったのだから。

 

 幸い今は緩く巻きつくまでに落ち着いたが、フィリップの受難はこれだけではなかった。

 

 甘噛みしたアミーの牙から毒が入り倒れること三回。

 興奮したアミーの尻尾による打撃で吹き飛ばされること六回。

 

 流石にここまで来ると可哀想にもなってくる。少し笑えるけれど。

 

 毒や怪我は聖獣なだけあり直ぐに治せるのだが、フィリップはすっかりアミーに対して苦手意識を持ったみたいだった。

 

 でもそのお陰で、アミーがいざと言う時にはレティを守り戦えそうなことが分かった。

 

 ちなみに毒は麻痺毒だったためそこまで危険でもなく、命に関わることも無いので、みんな可哀想だとは思いつつもアミーがフィリップに戯れるのを止めようとはしなかった。

 

 そう、見慣れれば微笑ましい光景だ。

 

「ちょ、おまっ…カミール! 笑ってないで助けろ!」

〈ふふ、遊びの邪魔はしないわ。それよりもレティ、どう? 大丈夫そうなの?〉

「え? あ、うん。アミーは問題なさそうだわ。私も催し自体は以前も何回か参加してるから……」

〈今回は凄く注目を集めそうね〉

「も〜っ! 言わないでよ〜っ」

「え、あのー、聞いてます? お二人さん」

〈でも今回は殿下も一緒に行くのでしょう? なら大丈夫じゃない?〉

「更に目立つってことよ! はぁー。もうこれは今まで以上に集中して、周りを忘れる様に頑張るしかないわ!」

「……今は周りを忘れる必要ないよな? ぅ"っ!?」

 

 拳を握り気合いを入れるレティに釣られて、アミーも力が入ったらしい。

 フィリップが落ちそうだ。

 

 本当にフィリップのことを忘れているレティに代わり、そろそろ助け出してあげよう。

 流石に可哀想だ。少し笑えるけれど。

 

 

 

 数日前、神殿からレティ宛の手紙が届いた。

 

 その内容は簡単に言ってしまえば、神殿にて衆人環視のもと派手に聖獣の力を使って見せて欲しい、とのことだ。

 

 そして旦那様と殿下との相談の上、レティはこの話を受けることにした。

 

 

 

 

 

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