28 - 報告のち報告
「——私からの報告は以上になります」
「他に何かある者は?」
「「……」」
「では、これにて朝議は終いとする」
王が席を立ちその場を後にすると、他の者たちも自分の職務をするため持ち場へと散っていく。
数人が固まって雑談をしているが、それもよくあることのため誰も気に留めることなく、扉を潜っていく。
人の通りが減り静かになった扉が再び外から開けられると、近衛の制服を着た者が二人入ってくる。
そして扉が閉まると同時に、結界が張られた。
「父上の様子はどうだ?」
「少しお疲れのようで、今は休んでおられます。王妃様が付き添っており、隊のものも四名置いてきています」
「母上が付いているなら安心だな。……全く、父上がこの様な時に問題が多くて困る」
近衛二人の返事を聞き溜め息をつく金髪の男。王太子であるユリウスだ。
この場に騎士は四名。
ユリウスの護衛騎士であるアルヴィン、近衛の隊長を務めるエーリク・バルテルスと副隊長のラーシュ・マスグレイヴ。
「殿下の力の見せ所ですな」
そして近衛も含め騎士全体を纏める団長、アラン・マスグレイヴ。
「勘弁してくれ、マスグレイヴ卿。だが、踏ん張りどころではありそうだ。そなた達には今まで以上に助けて貰うことになるだろう」
「主人に伝えます」
そして、忙しいオルブライト公爵に代わり残っている彼の秘書。
この六人で会議は続く。
近くの椅子に適当に腰掛けると、時間がないとばかりに早速話し始める。
「今回の集まりも神殿からは人が来なかった訳だが……だんだん露骨になってきたな。そんなに奴等は争いたいのか?」
「神殿長の突然の方針転換に神殿内部も少なからず混乱しているようです。忙しいというのも、嘘ではないようですよ」
「ふん、そのままずっと内部で揉めていてくれていいのだがな」
「そういう訳にもいかないでしょう」
ユリウスの言葉に苦笑いで返すエーリクに、分かっていると不機嫌そうに頷く。
「そういえば、頼んでいた件はどうなった?」
「それならばエドガーに任せました。そうだったよな?」
「はい。あいつはフットワークが軽いので知り合いも多く、休みの日に見慣れない女と歩いていても違和感がないので」
「なるほど、それで?」
「あらかじめ聞いていた神殿長のいない日に、彼女を連れて教会へ行かせました。そこで偶然彼と会ったそうです」
「結果は?」
「上手くいったようです。二回のテストも成功したと報告が上がっています」
エーリクへの質問にラーシュが引き継ぐ形で答える。
その答えにユリウスは今度は満足気に頷く。
「これで少しは楽になるといいが。神殿内部にこちら側の人間がいるのはかなり助かる」
「それにしても魔獣にも色々いるのですね。特別個体だとあんなことまで可能とは、驚きました」
「私も初めて見た時は驚いた」
その時のことを思い出しているのか苦笑いを浮かべるユリウス。
「こちらは取り敢えずいいとして。マスグレイヴ卿、その後魔獣の動きはどうだ?」
「良くありませんな。上がってくる報告によるとどんどん被害は増えている様です。最近では王都の近くでも少し騒ぎがあったようで」
「オルブライト領で見つかった物はこちらにはあったか?」
「今のところ報告は受けておりません」
「そうか。しかし、ついにこの辺りまで来たとなると、やはり一度森をしっかりと調べるべきか?」
「北の森は難しいかと……」
「ん"ー」
難しい顔のマスグレイヴ侯爵の言葉に、お手上げとばかりに上を向き唸るユリウス。
そして思い出したとばかりに、胸元のポケットから小さな紙を取り出した。
「忘れるところだった。これを見てくれ。先日見つけた書物の写しだ」
広げられた紙には、丁寧な字でこう書かれていた。
——魔獣の死体を放置しているとその辺りの空気が濁る。
何体か纏めて放置すると空気の澱の様なものが出来た。我々はそこに魔石を置き、吸収を試みた。
これが魔獣の魔力が原因ならば、対処は可能だと思ったからだ。
吸収は出来たものの、想像とは大分違っていた。
あの魔石は魔獣を呼び、狂わせる最悪の物だ
我々は、とんでもない物を作り出してしまった——
「古い書物に紛れ込んでいたものだ。知られていないことから、昔に誰かが隠したのか、処分し損ねたのか。ただこの内容、嫌な予感がしないか?」
「まさか、オルブライト領で見つかった石が!?」
紙を見て、その内容に全員が顔を顰めた。
そしてユリウス、マスグレイヴ侯爵の言葉に全員が息を呑んだ。
「神殿と王家の付き合いは長い。この史料を誰かが見ていても不思議ではない。考えたくはないが、これを知った奴等が利用しようと実験し、その結果あの石が出来たのかもしれない。オルブライト領で見つかっているのが余計に気になる」
「カースティ公はオルブライト公とは仲が宜しくないですからな。確か報告では魔獣が興奮している様だったとか……。石は出来たが何らかの理由で失敗したのか、本来の魔獣を呼び狂わせる最悪の事態にはならなかった、という訳ですか」
「不幸中の幸いというやつだな」
二人の会話に少しの安堵が広がる。
「しかし放置する訳にもいかない。そもそも本当に奴等がこの様なことをしているのかが、まだはっきりとしていないからな。憶測で進めすぎるのは危険だ」
「そうですな。魔獣の死体をこっそりと放置出来る場所などなかなか無いでしょうし、まずはそこから探りを入れましょう」
「そこはカースティ公が怪しいと思っている」
「確かに、カースティ公爵領も森が近くにありましたな。しかし……」
最近は反王家として噂を聞くカースティ公爵。
今日の朝議には体調不良のため欠席となっていた。
そのため全員が確かに怪しいと思いつつも、やはり公爵。下手に手は出せないのがもどかしい、という雰囲気。
「魔獣部隊を使って北の森も調査をしたいが、あそこはカースティ公の部隊の様なものだからな」
「何かあってもいい様に誤魔化して報告するでしょうね」
「今は情報を集めるしかないか。各自何か可笑しな事を見聞きしたらすぐ報告してくれ。騎士や兵士には王都周辺の、特に森の近くを警戒させ、もし変な石を見つけたら確実に回収させるように。オルブライト公爵には今までの話の他に、自領に気を配るようにも伝えてくれ」
「「はっ」」
四人が部屋を出て行くと、ユリウスは溜め息をついた。
「正直、こんなにのんびりしている訳にはいかんのだがな。相手に先手を取られるのは落ち着かん」
「向こうの手のものが何処にいてもおかしくない今、動くのも慎重に成らざるを得ないですしね」
「全くだ。この件が片付いたなら、その辺りも綺麗にしたいところだな。……そういえば——」
不機嫌な表情から一転、ユリウスは突然楽しそうな笑みを浮かべるとアルヴィンに向き合う。
反対に嫌な予感がしたのか、アルヴィンは顔を背けた。
「本の内容が気になったから今まで聞かなかったが、あの日カミールと何かあったか?」
「……何もありませんよ」
「お前は嘘が下手だと気づいた方がいいぞ。それで? 今度は何したんだ?」
「……はぁ。何もしていない。話を聞いてきただけだ」
「それだけにしては、やけに考え込んでいる様子だったが? 何か変な話、もしくは要求でもされたか?」
「そんなんじゃない。むしろ彼女は何も求めて来ないし、こちらが戸惑うくらい普段通りだ。……言動からは好意を感じる気がするんだが、本当にそれだけなんだ……」
そしてアルヴィンはあの夜、馬車の中で聞いたカミールの話をした。
「言っていることは分かるし、納得も……した。でも、なんだか気に入らなくて。そのせいでまともに言葉も返せなかった」
「なるほどなあ」
「何だ、そのニヤついた顔は」
「(納得はしていないんだな)いや? そうかお前、カミールに惚れたのか」
「……は? 俺はただ、手を出してしまった手前、少しの後ろめたさがあるだけで」
「手を出している時点で、少しは良いと思っていたんじゃないのか?」
その言葉に驚いたような表情のアルヴィンと、それを見て少し呆れるユリウス。
「気づいて無かったのか?」
「……落ち着いて見えるが、たまに見せる子供っぽいところは可愛いと思った。……いや、でもどちらかと言うと彼女のことは苦手なんだと思う」
「苦手? そうは見えなかったが」
「彼女は、凄く真っ直ぐ瞳を見てくるだろう? 今まで周りにそんな人はいなかったから、そわそわするというか、ムズムズするというか」
「……」
「彼女と二人でいると落ち着かないんだ」
「それは、あー。……一つ聞くが、カミールはフィリップと親しいだろう? もし二人が良い仲になってもお前はなんとも思わないか?」
「? 彼女はそういうことは無理だと」
「フィリップがそれでも構わないと言った場合、どうなるか分からんだろう?」
「しかし、フィリップは——」
少し面倒くさくなったのか、ユリウスはなげやりに返事を返した。
「あー、はいはい。お前は良く考えるんだな。カミールが誰かのものになる可能性と、その時の自分の気持ちを」
アルヴィンは小さく頷きつつも、一つ思ったことがあるのか、戸惑い気味にユリウスに問いかける。
「お前は、ヴィオレット嬢を……噛みたいと思ったことあるか?」
「……はあっ!?」
「いや、すまん。やっぱり今のは忘れてくれ」
「無理だろ! なんだ、お前まさかカミールを噛みたいのか?」
「……もう噛んだ。だがあれは多分、酒の所為だ」
「! はっ、く、っ……く!」
下を向き必死に笑いを噛み殺すユリウス。
そんな彼の隠し切れていない笑いに、もうどうとでもなれと言わんばかりに、うっすら赤い顔ながら堂々としているアルヴィン。
「はーっ、いきなり何を言うかと思えば。……くっ。……コホン、ヴィーを噛みたいと思ったことはない。傷を付けるのは嫌だからな。ただ、自分のものであるという証、印を付けたいと思ったことは何度かある」
「……俺と彼女はまだ数回会っただけだ」
「会った回数や知り合ってからの期間なんて関係ないだろ。一目惚れ、なんて言葉だってあるんだ。恋なんて曖昧なもの、何がきっかけになるか分からんぞ。……まあ、後は自分で考えろよ」
「分かった。……ああ、そういえば——」
まだ何かあるのかと少しうんざりするユリウスに、アルヴィンは構わず続けた。
「彼女は、北の森の中でミモザ殿に拾われたらしい。森には人が住んでいた形跡があるし、もしかすると森人はまだ森の何処かに住んでいて、自分はその人たちに捨てられたのかもしれない。と、彼女が言っていたのを、思い出した……」
自分で話しつつも最後、アルヴィンはその内容に今更思考が向き、少し緊張しているようだった。そして、
「おいおい、その話は笑えないぞ……」
話を聞いたユリウスは表情が引き攣っていた。




