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27 - 曇り空

 

 

 

 日の暮れて来た道をぼんやりとしながら歩く。

 

 レティが、内門を過ぎた辺りに迎えを寄越してくれると言っていた。

 ゆっくりしてくるといいと言ってくれていたので、恐らく迎えは夕方くらいだろうか。

 しかしもう日が暮れてきている。

 

 急がなければとは思うものの、もう一つの思考に邪魔をされる。

 

 

 

 最後聞いた話は、とても衝撃的なものだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 母は昔カザルムさんを想っていて、カザルムさんも同じ気持ちで。

 色々あってその時の二人は結ばれることは無かったけれど、今も交流は続いている。

 

 だからか、私がその話を聞いて、衝撃の次に来たのは喜びだった。

 

 昔の話だと言っていた母だが、カザルムさんへの気持ちはまだ少なからずあるように見えた。

 たまに二人で話しているところを見かけたが、とてもいい雰囲気だったのを覚えている。

 

 母には幸せになって欲しい。

 だから気づいているかもしれないけれど、カザルムさんの気持ちを伝えようとしたのだが……

 

「あなたが今思っていることは、そのまま胸の中に閉まっておいてちょうだい」

 

 少し困ったような表情の母に止められた。

 

「……前に一度、カザルムさんから遠回しに想いを伝えられたことがあるの」

〈えっ〉

「ふふ、驚いたでしょう? 私も驚いたし、嬉しかった。でも、素直に喜ぶことも出来なかった。……彼の、亡くなった奥さんには私も会ったことがあってね、本当に素敵な人だったわ。明るくて大らかで、カザルムさんや子供たちをとても愛してた」

〈……〉

「そんな彼女をカザルムさんも凄く大切にしていて、愛していた。彼女が亡くなって、必死に育てた子供たちが立派になった今、彼にも色々と気持ちの変化があったのでしょうね。彼も言っていたけれど、彼女なら私たちのことを許してくれるでしょうし、祝福もしてくれると思う」

〈ならっ〉

「でも私は(・・)そうなれないの。彼女に対する後ろめたさがきっと消えないわ。彼にはもう子供がいるからこんな私でも一緒になれる。なんて、都合がいいでしょう? その幸せは彼女の死があってこその物なのだから。……だからね、その時の話は聞かなかったことにしたの」

 

 確かにそうなのかもしれない。しかし、現にその女性はもう亡くなってしまったのだし、残された人が幸せになるのは悪い事じゃないと思う。

 母は今までずっと、諦めてきたのだから。

 

「ふふ、何か言いたそうね?」

〈……。だって、お母さんは——〉

「あら、久しぶりにそう呼んでくれたわね! 成人の少し前くらいから急に“ミモザさん”なんて他人行儀に呼ぶようになるから、寂しかったのよ?」

〈それは……〉

 

 いつまでも母に甘えてばかりではいられないと、取り敢えず呼び方だけ変えてみたあの頃。

 寂しかったと言いつつも、理由は分かっていそうな母の優しい笑みに恥ずかしくなる。

 

「子の成長は早いものね。あなたを見つけてから、私は本来なら体験出来ないことを沢山してきたわ。凄く感謝しているし、とても幸せだった。それは勿論今もよ? だから、私はそれで満足なの。……でもそうね、カミール、あなたが誰かいい人を見つけて、その人と幸せになってくれたらとても嬉しいわね」

〈私が?〉

「やっぱり私にとって、あなたは特別なのよ。私が見つけた子であり、最初から育てた初めての子。何より私が今ここに居るのはあなたのおかげ。……私は体のことで諦めてしまったけれど、あなたには愛した人が出来たなら諦めず幸せになって欲しい。ふふ、あなたは思った以上に強く育ってくれたから、私と違って困難も乗り越えられそうだわ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 先程までの母とのやり取りを思い出して思わず溜め息が出る。

 

 そしてすっかり暮れてしまった日と、もう目前に迫る門に今更急ぎ足で歩く。

 

 すると誰かが馬を引いて出て来た。

 邪魔にならないよう端へ寄るついでに、ここを通るために必要なオルブライト公爵家の家紋の入った通行証を探していると声がかかった。

 

「カミールか?」

〈……アルヴィン様?〉

 

 思いがけない人の声に顔をあげる。

 

「夕方には戻るだろうと聞いていたが、なかなか戻る気配がない上に、日も暮れてきたから様子を見に行こうかと思っていたんだ」

〈それは……。すみません、少し考え事をしながら歩いていたので遅くなってしまって。わざわざ本を受け取りに来たのですか?〉

「……殿下に頼まれてな。先に迎えの馬車に乗っているといい、私は詰所で借りた馬を返してくる」

 

 その言葉に、門前に立つ兵士の人に通行証を見せて門を通ると、公爵家の馬車を見つけたので近寄り、待たせてしまった御者の人に頭を下げた。

 気にしていないと言ってくれたが、いったいどれほど待たせてしまったのか。

 更にアルヴィン様まで待たせていたことに、再び溜め息が出る。

 

 アルヴィン様が戻ると、公爵家へと向けて馬車は動き出した。

 彼は自分の馬で公爵家まで行き、そこで私を迎えに行くという馬車を見つけたので、馬を預けて馬車に乗り一緒に迎えに来たようだった。

 しかし私が来ないので詰所で馬を借り、孤児院や森を見に行くつもりだったらしい。本当に申し訳ない。

 

 取り敢えず目的である書物を渡し、待たせてしまったことを再び彼にも謝った。

 

〈それにしても、取りに行ったその日に受け取りにくるとは思いませんでした。言って下されば寄り道せず戻りましたのに〉

「いや、夕方までこちらも用事があったから気にしなくていい」

〈そうですか?〉

 

 前に微妙な空気のまま別れたので、馬車に二人は気まずいかと思ったが、そんなことは無さそうだった。

 彼からも以前と違い、気まずさを感じない。

 

「そういえば、考え事をしていたと言ったが何かあったのか?」

〈……孤児院に寄って母と話をしてきたのですが、少し思うところがありまして〉

「それは、聞いてもいい話だろうか?」

〈……別に面白くないですよ?〉

「構わない」

 

 今日は特に怒っている様子は見られない。

 真剣に私の話を聞こうとしてくれている彼に、少しだけ悪戯心が湧いた。

 

〈……私、美味しそうですか?〉

「……ん?」

〈見てると噛みたくなりますか?〉

「!?」

〈覚えていないですか? レティと殿下の婚約パーティーのあった夜——〉

「待ってくれ! 覚えている、覚えているから言わなくていいっ」

〈それならこの前のことも〉

「……勿論、……覚えている」

〈噛み癖でもあるんですか? ふふふ〉

「そんな癖はない。と、思いたい……」

 

 顔を片手で覆って俯いてしまった彼を見て、笑みが溢れた。

 

〈このままでは、そのうちぺろっと食べられてしまいそうですね〉

「……っ」

 

 耳がうっすら赤くなった彼の反応に満足したので、冗談はこのくらいにしておく。

 一つ息を吐き出すと、先程のことを思い出しながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

〈……恋や愛というものは、難しいですね〉

「それは——」

〈今日母に会って色々と話を聞いたんですが、なんだか余計に分からなくなりました〉

「……」

〈お互い想い合っているのに立場や環境、他人の気持ちまで考慮して、結局は別々の人生を歩むんです。私には理解出来ませんでした。お互いに好きなら、一緒にいればいいのに〉

 

 レティも殿下と思い合っているのに、周りの目や意見を気にしていた。

 貴族の恋愛とはそういうものなのだろうか。

 周りに認められる相手と、周りの意見を気にしながら付き合っていかなくてはいけないのか。はたしてそれは、幸せになれるのだろうか。

 

 私には、とてもそうは思えない。

 

 無意識に入っていた力を溜め息と共に抜くと、失礼だと分かりつつも座席にもたれ掛かる。

 

〈母に、私はどんな困難があっても諦めず、愛する人と幸せになって欲しいと言われたんです。正直、困りました〉

「困る? 何故だ?」

 

 馬車の窓、少し開いたカーテンの隙間から見える夜空に月を探した。

 

〈私は恋もまだよく分からないのに、愛する人との幸せなんて想像も出来ません。それに母の話を聞いていたら、余計に分からなくなって。私に恋愛は向いていないんです。きっと〉

 

 この歳になって初恋もまだなのは、きっと珍しいことなのだと思う。

 

 だからこそ、この前彼に対してとった自分の行動には驚いたし、少しの期待もした。

 

 もしかしたら、これは恋かもしれないと。

 

 しかしレティやシーラに比べると冷めている気がするし、二人の会話にあまり同調出来ないので自信がない。

 

 ただ単に今の状況を楽しんでいるだけ。というのが一番当てはまりそうで、内心苦笑いを溢した。

 

〈私は今まで人と深く関わるのを避けて来ました。なので、そういった感情に疎いんだと思います。自分の幸せは自分で決められるからいいけれど、人の幸せは良く分からない。だから相手を幸せにする自信もない。……そんな私が恋や愛なんて、無理だと思いませんか?〉

 

 私はこう思うから相手もそうしたらいいのに。なんでこうしないんだろう。どうしてそれでいいのか分からない。

 相手の気持ちが分からない私はきっと、相手に自分の気持ちを押し付けることになる。

 好きな人が出来たとして、母のように相手や周りを気遣えるとはとても思えない。

 ましてや、自分の気持ちを押さえて相手の幸せを願うなんて、そんなことが出来る程私は出来た人間じゃない。

 

 

 彼が何も言わず話を聞いてくれるので、少し喋り過ぎてしまった気がしてなんとなく気恥ずかしい。

 

〈そういえば、今日母に聞いた話の中で——〉

 

 そのことを誤魔化す様に、わざとらしく話題を変えた。

 無理矢理明るい雰囲気にしようと冗談まじりの話をしたが、何処かぼんやりとした彼は何かを考えているようで、話を聞いているのかは怪しいところだった。

 

 

 

 結局、カーテンの隙間からでは月は見つからなかった。

 私の心みたいに、薄く雲でもかかっているのだろうか。

 

 そもそも何故そんなに月を探しているのかも分からず、見つけたところで特に何もないのに。

 

 

 最近は本当に、自分の心がよく分からない。

 

 

 

 

 

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