24 - 再会
あの夜から半月ほど経った。
最初の数日はシーラやフィリップ、話を聞いたらしいレティにまで質問攻めにされた。
しかし流石に話すことは出来なかったので、レティには悪いと思いつつも誤魔化し続けた。
そして最近は諦めたのか、落ち着いている。
このまま何事もなく過ぎればみんな忘れてくれるだろうと思ったのだが、相手が相手なだけにそうはいかない。
今日は漸く調整のついた殿下とレティの街中デートだ。
当然彼もいる。
会うのはあの夜以来だが、なるようになるだろうと考えるのは放棄した。
そもそも王族が街中に出るのは大丈夫なのかと気になったが、王都は比較的治安も良く、下町の方まで下りる訳ではないので大丈夫らしい。
護衛はあまりいては目立つので近くにいるのは今日もアルヴィン様のみだが、周りには隠れてそれなりの数がいる。
そして行く予定の店にも予め連絡は行っているので混乱もない。
と、フィリップが教えてくれた。
ちなみに今日はどういった手を使ったのか、シーラもお休みをもぎ取ったらしく着いて来ている。
一日だけ公爵家のメイドとして連れていくことが出来ないか、レティに相談したところ普通に許可が出たので驚いた。
でもシーラの身元はしっかりしているし、フィリップとのことを応援している彼女らしいと言えばらしいとも思った。そして事情を知り、許可を出した奥様まで楽しんでいた。
今は公爵家の馬車で移動中。
御者はフィリップが務め、その隣に迷わず座ったシーラ。
馬車の中は四人となる。が、なんだか気まずい。
以前と違いレティと殿下が並んで座った為、私の隣は当然アルヴィン様となる。
私が少し動くとピクリと反応するので下手に動けなくなってしまった。
そして向かいに座る殿下は意味ありげな視線をたまに向けてくる。
それもその筈で、今日会った瞬間からアルヴィン様は怪しかった。
挨拶の時に視線は合わないし、その返事もぎこちなく硬かった。表情当然のように厳しい。
思わずため息を吐いてなんとなく向けた視線の先には、少し怯えたシーラと珍しく驚いたような表情のフィリップ。
そして戻した視線の先には、何かに納得しながらも楽しげな目を私と彼に向ける殿下。
面倒だと思いつつも、唯一不思議そうにしていたレティだけが癒やしだった。
二人の会話を聞き流しながらずっと外を眺めていたら、まず初めの場所に到着したようだ。
相変わらずぎこちないがエスコートはしてくれる彼に続いて降りた場所は、大きな商会の前だ。
買い物がしたいと言ったレティだったが、私に気を使ってくれた部分もあるのだろう。
レティへの感謝を胸に店の中へ入り、居並ぶ従業員の前に立つ、久しぶりに会う知人に嬉しくなる。
「お待ちしておりました。軽い人払いは済んでおります、ごゆっくりご覧下さい」
レティや殿下に軽く挨拶をし、何かあれば声を掛けて欲しいと下がったカザルムさんは、同じく少し下がっている私の方へ来ると、変わらぬ優しい笑みを向けてくれた。
「カミール、久しぶりだね。突然のことでミモザさんに聞いた時は驚いたが、いい働き場所に恵まれたようでよかった。元気そうだし、なにより楽しそうだね」
嬉しく思いながら頷くと、カザルムさんも嬉しそうだった。
少し端に寄ると、ポケットから取り出した紙とペンを使い懐かしいやり取りを始めた。
「ああ、挨拶出来なかったことを気にしていたのかい? 大丈夫、気にしていないよ。かなり急で色々忙しかったみたいだからね。ただ、森の物が手に入らなくなるのは少し残念だなあ」
その言葉には苦笑いを返す。
「そうだ、お金を渡さないと。流石にこれを孤児院に預けるのは色々と危なそうでね、かと言って公爵家に直接持って行くのも内緒にして欲しいと頼まれていた手前理由が難しくて。カミールが来てくれないかと待っていたんだよ」
やはりお金のことは忘れてはいなかったらしい。
「今渡しても大丈夫かい? 今日はお金を持ち帰るのには一番安全そうだからね」
そう言ってカザルムさんは一度奥へと戻って行った。
そして少しして出てきたのは——
「! カ、カミール!?」
凄く久しぶりに見た気がする、カザルムさんの長男だった。
「カシュー!! 今日は出てくるなと言っただろうが…っ」
その声が聞こえたのか奥から急いで戻ってきたカザルムさんが、彼を回収して行った。
しかしその後周りから私に向けられる視線に、今日は厄日なのかも知れないと思った。
けれどその後は特に何事もなく買い物は進んだので良かった。
次は休憩と昼食を兼ねてお洒落なお店の個室へと入った。
「カミールもシーラも気にせず座るといい。その為の個室だ」
「ユリウス様、俺のこと忘れてません?」
「お前は言われんでも座るだろうに」
そうして座った席の並びは私の隣にシーラ、その正面にフィリップ。となると当然私の正面にアルヴィン様。
さすがにデートなので私たちとは少し席を離して、レティと殿下が向かい合って座っている。
なるべく二人の時間にしてあげようとすると、自然と視線は正面にいる彼に向く訳で、目が合うと少し居心地が悪そうだった。もうあまり気にしていない私はその様子を見てこっそり楽しんでいた。
そんな風に少し調子に乗っていたからかもしれない。
食事を楽しんでいた中で、突然振られたフィリップからの話題は嬉しくないものだった。
「そういえば、さっきの男と何かあるのか? カミール見て驚いてたやつ」
〈え? 誰?〉
「は? お前見て思いっきり叫んでたじゃん」
〈叫んで? あぁー、あれ。うん、あれは何でもないの、気にしないで〉
「いやいや、その反応だと逆に凄く気になる」
「! もしかして! あの話の男の人ですか!? あの人垂れ目でしたし!」
「え? 垂れ目? 垂れ目だとなんかあるのか?」
シーラの言葉に衝撃を受けたと共に、凄く納得した。
〈! そうよ、なんでフィリップの顔が気に入らないのかと思ったら、その垂れ目だったんだわ……〉
「おい、だからなんの話。いきなり人の顔に文句つけるなよ」
「フィリップさんのお顔は素敵です!」
「お、おぅ。ありがとう……?」
少し話が逸れた所で、手を叩く音がした。
「はいはい、落ち着いて。それで? 結局あの男とは何かあるのか?」
殿下方がいることを少し忘れていたらしいシーラは、両手で口元を抑えて縮こまった。
どうやらシーラの声の大きさに、こちらの話題へと殿下たちまで入ってきた。
質問を無視する訳にもいかず、仕方なくレティ達にした話をなるべく簡潔に纏めて話した。
そして先程会った彼が、その時の人だったということも。
「へぇー、自分の力で追い払ったのか?」
〈……今思えば多分、アイビーが少し助けてくれたんだと思う。顔の近さに不快感を覚えた時、あの人なんだか固まってたのよね。それで足を振り上げたら、なんというか、丁度いいところに当たったらしくて……〉
少し説明しにくかったが、男性陣にはバッチリ伝わったようだ、少し顔色が悪くなった。
想像するだけで痛いのだろうか。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 顔が近いって……ま、まさかチューされた訳じゃないですよね!?」
その言葉にレティもハッとして此方を見るので、取り敢えず頷いておく。
でも勢いよくぶつかってきただけで、ちゅーだなんてそんな可愛いものじゃ無かったと思う。
なので私としては特に何とも思っていないし、ただ当たっただけという事故のような認識だ。
そもそもそんな必死に守る様なものでもない。
そう言うとレティとシーラは絶句し、男性陣は微妙そうな表情だった。
「あー、それであの態度だったのか。なんか怯えてる感じだったもんな」
フィリップの言葉に違うことを思い出して、表情が死んだ気がした。
〈そうね、私が仕返しをやり過ぎてしまって……〉
「……何したんだよ」
〈取り敢えず、最初に足が当たったところをもう二発くらい「さらに二発!?」女の力なんだから、そんなに痛くないでしょう〉
自身も怯えた顔でこちらを向き顔を振るフィリップ。自分から聞いといて失礼な人だ。
〈それから——〉
「まだあんの!?」
うるさい男は放っといて説明を続ける。
あの日は院を出た兄が戻って来ており、子供たちに勉強を教えていた。
特に性については母からは男の子に教えられないため、そういったことを教えるのは兄たちの役目だった。
そのため、丁度いいからとあの男の身ぐるみ剥がして兄に引き渡したのだ。悪いことをした時の見本として。
私はその場にいなかったので、兄がどのように子供たちに教えたのかは知らないが、次の日から男の子達はとても女の子に優しかった。
そして私は母に凄く怒られた。
〈確かにやりすぎたとは思ったのよ。カザルムさんにもう一人息子がいて良かったわ、孫はちゃんと産まれそう」
「「…………」」
話終わった後は何故かみんな無言で少し居た堪れなかったが、丁度デザートが届けられたことで、無理矢理感はあったがその話題は流れていった。
美味しいデザートを食べて落ち着いたと思った頃、食後のティータイムにまたもや面倒な話が来た。
「そうだカミール、先程の店で店主と何かやり取りをしていなかったか?」
〈あー、はい〉
「話せないことか?」
〈そういう訳では…〉
「なら教えて貰えるか。変に疑っている訳じゃないが、少しこそこそしている様に見えたから気になってな」
〈……はい。分かりました〉
何となく気が進まなかっただけで、特に隠していた訳ではないのでクツァールの話をする。
驚いた様子だったので、やはりかなり珍しい物らしい。
レティやシーラは羽に興味がありそうだったので、帰ったら見せてあげようと思った。
話題はそのまま北の森についてとなった。
そこで、森の奥には昔人が住んでいたのか家屋がいくつか残っていたと言うと、殿下の雰囲気が変わった。
「それは本当か?」
〈はい、何度かそこへ行っているので間違いないです〉
「……。私やアルがそこへ行くことは出来るか?」
〈少し、難しいと思います。あの辺りは本当に森の奥で、そこには綺麗な泉があるんです。北の森は人の侵入を拒んでいますが、その辺りは特にそれが強くて私も泉には近づけません。なので、そこに近い場所へ確実に行けるかとなると……〉
「確かに北の森で普通に迷う我々が、更にその奥へと行こうとするのは無謀か。カミールが一緒でも無理だと思うか?」
〈私には何とも。……泉の近くには聖獣がいるんですが、彼等が人を拒んでいるみたいなので〉
「聖獣!? 神獣と同じく見なくなり久しいと聞くが、北の森にはいたのか……」
その言葉に違和感を感じた。
何故なら、
〈お城に居ますよね? 魔獣舎のところに。ご存知ないのですか?〉
「「「は……?」」」
〈え?〉
私の発言で場に沈黙が落ちるのは今日何度目だろうか。
しかしあの魔獣舎には確かにいる。
姿は見ていないが、彼らはやはり聖獣というだけあり、魔力の質が違う。
とても澄んでいるというのか、感覚的すぎて説明が難しいが、兎に角いれば分かる。
そう説明するものの、聖獣がいるなどという報告は受けていないらしく、殿下も少し困惑していた。
「一応確認させるが分かる者がいるかどうか。カミール、君にもまた城へ来て貰うかもしれない」
〈分かりました。ただ、侍女一人が呼ばれるのは変に目立ちそうなので、レティに会う際のついでとして呼んで下さい〉
「そうだな。これでまたヴィーに会える理由が出来た」
「もうっ……。でも私も少し気になるわ、聖獣ってどんなこなのかしら?」
〈森の奥にいるのは永く生きているこたちが多いけれど、力は弱っているみたい。あまり動かないわ〉
「力が弱ってるの?」
〈何となくそんな感じがするの〉
ただ、彼らは何かを待っている気がする。
いや、泉を守ってる——
「北の森か……」
〈……何か気になることがありますか?〉
ふと何かが脳裏を掠めた気がするが、殿下の声で我に返った。
「家屋があったのなら人が居たのだろうし、どんな人がいたのかとな、少し気になった」
「そうですよね、北の森に住んでいた人がいるなんて聞いたことありません」
「いや、それこそ絵本で良く書かれてるじゃないか。森人だろ? ……あ」
レティはフィリップを睨み、シーラは気まずそうに、殿下は苦笑いを浮かべていた。アルヴィン様は少しだけ眉が寄っていた。
そして、しまった、みたいな表情のフィリップにため息をつく。どうやら私の前で森人は禁句のようなものになっているらしい。
〈……でしたら何か情報が得られそうな物を持ってきましょうか?〉
「物が残っているのか?」
〈はい。一つだけ他と違いしっかりとした作りの建物がありまして、少しですが書物らしき物が残ってました。字体が古くて何を書いたものか私には分かりませんでしたが〉
「! それを持って来てくれるか? なるべく早いとありがたい」
〈? 分かりました。旦那様に相談して、近いうちに休みを貰って行ってきます〉
「ユーリ様は本当に本が好きですね」
「……まあな。古いものらしいし、今から読むのが楽しみだよ」
レティと楽しそうに話す殿下だが、先程の表情は真剣で、とてもただ本が読みたいだけとは思えなかった。
しかし無理に聞くことでもないため、そのまま気づいていないことにした。
下手に聞いて面倒に巻き込まれては困る。




