23 - 酔ったのは……
「成程、それでここへ少し様子を見に来たと……」
少し怒った様子のアルヴィン様に先程よりもう少し奥まった場所へと連れて行かれ、不承不承ながら説明をすると、呆れたとばかりに言われた言葉に少し恥ずかしくなる。
「彼女が心配だったのは分かったが、下手をしたら不審者として警備の者に捕らえられていたぞ?」
〈私もそう思います……〉
「それに面倒なことに巻き込まれたかも知れない」
〈すみません……〉
「……はぁ。心配しなくとも彼女なら上手くやっていた。多少挙動不審になる時はあったが……」
何となく想像が出来て、少し緩みかけた口元を引き締める。
しかし、彼には分かってしまったようだ。
「やはり君か? 部屋を出る前に彼女に何を言ったんだ?」
〈……レティの影に、護衛としてアイビーを付けておくって言ったんです〉
「!? それは……」
〈もちろん冗談です。実際にそんなこと出来ません。ただ先日、嫌な相手に会ったらアイビーに懲らしめてもらおう、と言う様な話をしたので、せっかくですし気を紛らわせるかな、と思いまして〉
「はぁー。そういうことか。確かに少し嫌味なことを言う人もいたが、そう言った相手に対しては少し困った顔をしていたが、珍しく平気そうだった。その際、足元をチラチラと気にした様子があったが、まさかアイビーのことだとは流石に気付かない」
〈ふふっ、成功のようですね〉
「君は——」
ちょっとした悪戯の成功に今度は隠さず笑った。
その後何かを言おうとした彼の声は、また何処からかこちらに近づく声によって途切れてしまった。
「見られると面倒だ、こちらへ」
そうして近くに立つ、よく分からないオブジェの陰に隠れる。
〈パーティーの途中なのに、割と皆さん外に出て来るのですね? てっきりずっと踊っているのかと思いました〉
「そんなにずっと踊っていたら疲れるだろう。それにここは……」
少し言葉を濁した風の彼を不思議に思ったが、その答えは違うところから齎された。
近づいてきた声の主たちは貴族の青年と思わしき者と、お城で働くメイドだった。
以外な組み合わせを不思議に思い見ていると、彼等は少し周りを見て、誰もいないのを確認すると熱い抱擁を交わした。
なんとなく理解出来た続きを見るのを憚って、近くにいる彼を見上げると気まずげに視線を逸らしていた。
「ここの庭は、彼等のようにパーティーを抜け出し……逢瀬を楽しむ者が多い」
なるほどと納得すると同時に疑問も一つ。
〈では、アルヴィン様も誰かと会うためこの庭へ?〉
「は? いや、違う! 私はただ本当に……っ!」
少し大きな声に、彼らに聞こえて見つかったら気まずいと、思わずアルヴィン様の口を手で押さえた。
そんな彼の顔は、近くで見ればほんのりと赤いのが分かる。
そして微かにお酒の匂いもする。
〈お酒、飲まれたんですか?〉
「……ああ。今回は殿下の祝いの場で、他にも警護の者は沢山いるからと少々強引に勧められてな。私はあまり酒は得意ではないから、殿下が少し外の空気を吸って来たらどうかと……。それで此処へ来てみれば、君を見つけた」
手を離しながら聞くと、今度は声を抑えて答えてくれた。
それにしても意外だった。お酒なんて平気な顔でばんばん呑んでいそうなのに、苦手とは。
確かに目元の鋭さが薄れ、どことなく雰囲気も柔らかく感じるので、このままその辺に立っていれば、あっという間に積極的な女性陣に囲まれてしまいそうだ。
彼の珍しい顔を見ながらそんなことを考えていたが、ふと合った視線の近さに軽く目を見張る。
それは向こうも同じだったようで……
「すまない。少し…近かったな」
〈まあ、隠れていますからね〉
「そうだが……思ったより、顔が近くて……」
〈私、女性としては割と身長が高い方なので〉
「確かにそれは前から思っていた。……いや、そうではなく」
〈何でしょう?〉
「……」
少し困った様子なのが面白くて、近い距離を保ちながらずっと見つめていた。そして分からないふりをしながら、逃げるように軽く俯いた彼の顔を覗き込む。
夜空に散らばる星たち。
それよりも近い距離にある二つの黄金色は、先程から左へ右へと動いては、瞬いたりと忙しない。
その輝きがいつもより強く見えるのは、距離の近さからか。
思わず伸びた右手が彼に触れる、その直前、また微かに声が聞こえた。
そしてその声に釣られるように動いた視線が、なんだか少し、気に入らなかった。
声のせいで途中で止まっていた右手と、左手も伸ばして両手を目の前の頬に添える。
男の人なのにスベスベで少し驚いたが、私よりも驚いた彼の瞳が此方を見る。
まんまるになった金色の輝きを、やっと正面から見られたことに満足した。
そのことに笑みすら浮かぶ私とは反対に、彼の目は細められていく。
「どういうつもりで?」
〈すみません、つい。でも、思った通り、夜に見ると更に綺麗〉
咎めるような言葉にも、謝りはしたが手を離すことはしなかった。
近くで見るその輝きに魅せられたのか、気持ちがどこかふわふわして、まるで引き寄せられるように更に少し、距離を詰める。
「……忠告はした」
〈え?〉
その結果は、するりと腰に回された腕と軽く頭の後ろに添えられた手、そして唇に感じる柔らかさと温もりだった。
軽く触れる程度ですぐに離れたものの、顔の距離はもちろん、全てがまだ近い。
〈……酔ってますか?〉
「……そうだな、否定はしない」
そのまま喋るものだから吐息が当たり、くすぐったさに口元が緩む。
少し向こうから夜風に乗って音楽が聞こえる。
夜に会ったからか、お酒が入りいつもとは違う彼を見たからか、それともただ単にその金色の輝きに囚われたのか。
彼から微かにするお酒の匂いにも引っ張られたのか、なんだか気分が高揚している気がする。
〈私、夜が好きなんです。静かな空気、夜空に浮かぶ月や、その暖かい輝きがとても。あなたは、そんな夜に雰囲気が似ている〉
至近距離で見つめすぎたのか、視線を逸らした彼は逃げるように私の首元へと顔を伏せた。
頬を擽る黒髪にゆっくりと手を伸ばし、触れた髪に指を通すと目を閉じ、その手触りを楽しむ。
〈……アイビーみたい〉
抗議するように首を甘噛みする彼に、思わず笑った。
◇◆◇
控室へと戻る道すがら、少し熱を持つ顔を手で扇ぎ熱を冷ます。
そこでいつの間にか少し乱れていた襟元に気づき、手慣れているんだな、と彼に対して場違いな感心をしつつ服装を整えた。
あの後、突然背後からした音と声に二人して固まった。
「おっと、……失礼しました」
人が近くまで来ていたのに気づかなかったことに驚いたのは、私だけじゃなかったらしい。
何だか夢から醒めたような気分になり、自分がしでかしたことに信じられない思いがした。
取り敢えず離れると、何だかお互いに気まずい雰囲気になる。
なので私は、失礼しますとだけ伝えてその場を去った。
呼び止められたような気もするが、気づかないふりをして逃げることにした。
彼も少しの休憩だと言っていたので、すぐに殿下のもとへと戻るだろう。
部屋へ戻ると、様子を見に行っただけにしては時間がかかったためか、心配していたらしいシーラの突進を受けた。
そんなシーラを宥めながら借りていた服を脱いで、公爵家での服装に戻り椅子に座ると漸く落ち着いた。
「庭に行ったんだろ? 変な男にでも絡まれたか?」
「えっ!? そうなんですか!?」
〈大丈夫、絡まれた訳ではないし、変な男もいなかったわ〉
「そうですか……?」
〈むしろ絡んでいったのは私の様な気が……〉
「おいおい、人が心配して待ってたのにお前はいちゃついてたのかよ」
〈……〉
「え、まじなの?」
「!?」
それから二人が何か言っていたが私はそれどころではなく、よく聞こえなかった。
最初はただ、少し揶揄っただけだった。
夜に会う彼はやはり綺麗で、あの瞳を近くで見たくなった。
そうしたら次は、その瞳に私を写してみたくなった。
彼からはお酒の匂いがした。
それに酔ったのか、雰囲気に酔ったのか……彼に酔ったのか。
段々と落ち着いてきた思考で先程のことを考えると、なんとも自分勝手な行動に驚き呆れた。
取り敢えず、今回はお酒のせいにしてみる。
少し、飲んでいない筈のお酒の味を感じたから。
——————
少しの間そこで呆然としていた男は、深いため息を一つ落とすと踵を返し自身の在るべき場所へと戻る。
「おや? なんだアル、もう戻って来たのか?」
そして何やらニヤつく、自らの主人の言葉に眉を寄せる。
「少し休憩したら戻ると言いましたが」
「ふーん、休憩ねえ?」
「何か?」
「いや? ただお前が庭でメイドと仲良くしてるって聞いたもんだから」
「ごほっ!……っ」
通りかかった使用人から水を貰い、それを口に含んだところで返された言葉に咽せる。
「おぉ、その反応はどうやら本当らしいな」
「一体誰がっ……」
「あいつ。お前にしては遅いから、少し様子を見てくる様に頼んだんだよ。庭で会っただろ?」
「あぁ……」
少し離れた壁際で警護に立っているのは、少し前に彼の前に現れた顔だった。
そして流れで先程のことを思い出したのか、俯くと前髪を握りしめる。髪から覗く耳は赤い。
「あ"ぁー……」
「おい、大丈夫か?」
「やっぱり俺は当分禁酒する……」
「何だ? 振られたのか?」
「違う、うるさい、振られていない……」
揶揄っていた主人の男も普段とは違う様子に少し心配になる。
「ユーリ様、アルヴィン様は体調が悪いんですか?」
「分からない。ただ少し酔ったみたいでな、そっとしておいてあげよう」
「? 分かりました」
そしてまた一つ、夜は過ぎていく




