22 - パーティーの裏で
夜空に散らばる星たち。
それよりも近い距離にある二つの黄金色は、先程から左へ右へと動いては、瞬いたりと忙しない。
その輝きがいつもより強く見えるのは、距離の近さからか。
思わず伸びた右手が——
◇◆◇◆◇
タンジーの花が咲き始めた頃、今日はついに殿下とレティの婚約披露パーティー。
「ついにこの日が来たわ……。はあ、長かったような短かったような……」
あれから数日がたち、レティは悪い考えなどは口にしなくなった。
ただ彼女はもともと目立つことが得意ではないため、その緊張だけは解けないままこの日を迎えた。
支度を整えると馬車に乗り王城へと向かう。
彼方の控室で少しは休めるといいけれど、様子を見る限り難しいかもしれない。
今日は一緒に馬車に乗り、レティに軽く冗談を言いながら恐らく緊張を解しているのだろうフィリップを見る。
そして最近よく届くシーラからの手紙を思い出していた。
シーラとフィリの契約が終わった次の日、自分の部屋で寝る支度をしていると、早速彼女からフィリを使って手紙が届けられた。
最初の練習相手としてフィリもよく知る私が選ばれたが、何度かやり取りをしてやはりフィリは賢いことが分かった。ミス無く確りと届く手紙に、シーラも喜び興奮し、徐々に手紙の内容は増え賑やかになっていった。
その中で、公爵令嬢であるリナリア・カースティについての話題があった。
以前レティにパーティーで突っかかって来た相手とは、恐らくリナリアの周りによく居る令嬢たちだろうとのこと。
彼女はレティと並ぶ高位貴族のため、同じく殿下の婚約者候補だった。
二人はそれなりに親しい仲だったらしく、楽しげに話す姿もよく見られ、周りの者たちはそのままリナリアが殿下の婚約者となるのだろうと考えていたようだったが、それは適わなかった。
彼女もやはり殿下に想いを寄せていたのかシーラに聞いたところ、そこがよく分からないとのことだった。
殿下と同じ年齢の彼女は、何故か学校へ入学出来る十五歳の年ではなく、一年遅れて入学した。
そしてその翌年、レティが入学すると彼女は何故か事あるごとにレティに厳しく当たるようになる。
その頃にはレティも少なからず殿下との交流があったため、リナリアからの牽制ではないかと周りは考えたようだった。
それを裏付けるような決定的な言葉もあった。
”彼に少し認められたくらいで、まさか自分が特別だと思っていないわよね"と。
それからの一年はもちろん、彼女が卒業した後の一年も、レティは居心地の悪い学校生活を送ったという。
しかしいざパーティーで婚約者の立場を取られた筈の彼女に悔しげな様子は無く、笑顔で殿下に祝いの言葉を述べていたのもあり、周りは健気な彼女に同情の気持ちを少なからず持った。そして彼女に変わってその令嬢達がレティに対して口悪く言った様だった。
これに対してシーラは、リナリアは婚約者になれなかったことは、本当になんとも思っていなさそうだと思うと書いていた。
その日偶然見かけた彼女は悲しそうな様子はなく、むしろ凄く機嫌が良さそうだったという。
だからこそ彼女の行動や言葉の意味が分からないのだとも。
その手紙を読んだ私もリナリアの考えなどさっぱり分からないが、とりあえず彼女の周りの令嬢は面倒そうだと思った。
また今回もレティに突っかかって来ないよう、殿下には確りと見張っていて欲しいものだ。
今回のパーティーは参加者が特に多く、未婚または婚約者のいない者が、相手を見つけるために普段は誰かに仕えている者も、多くがこの日は貴族の子女として参加する。
その為シーラにレティの傍に居られないか聞いたところ、そもそも参加しないとのことだった。
ドレスを準備するお金が勿体ない、もうパーティーのマナーに自信がないなどと手紙には書いてあったが、最後の“それに結婚したい相手はもう見つけていますし!”これが一番の理由だと思っている。
フィリップの顔をぼんやりと見つめながらシーラの手紙を思い出していると、菫色の瞳がこちらに向いた。
「なんだよ? 人の顔見つめて。お、もしかして、ついに俺の顔の良さが分かったか?」
私にはやはりシーラの気持ちが分からない。
取り敢えずふざけた言葉に鼻で笑って返し、何故か膨れっ面をしているレティの相手をすることにした。
◇◆◇
お城へと着くと、控室への案内はシーラだった。
そのまま部屋付きとなり、一緒にいたシーラはレティの姿に大興奮だった。でも大袈裟でなく、本当にレティは可愛い。
その後お茶をしながら時間を潰していると殿下が迎えに来た。
そしてレティを見るなり満面の笑みで、……。
お熱い二人の傍にいる無表情のアルヴィン様は今日も黒の騎士服で、パーティーへは仕事としての参加のようだ。
残念がる令嬢は多いのではないだろうか。
私は部屋を出る前の、少し緊張したレティに助言を一つ。驚く彼女と不思議そうな男性二人を見送った。
「さっきお嬢さんに何て言ったんだ?」
三人の去った部屋で待つ間、ぼんやりしていたところに、シーラに質問攻めにされていたフィリップから声をかけられそちらを見る。
どうやらシーラは奥へとお茶のおかわりを取りに行ったようだ。
〈大したことじゃないわ。ただのおまじない〉
「おまじない?」
〈ええ、少しでも気休めになればいいけれど〉
緩く持ち上がった頬に、胡乱げな視線が刺さる。
「ふーん。それよりさっきからそわそわして、カミールにしては珍しいな」
〈……ふぅー。分かる? レティのことが心配なのもあるけど、何より暇で、落ち着かないのよね〉
「は?」
〈公爵家に来る前も来てからも、何かしらやることがあったから。こうしてただ座ってるだけというのは、何だか落ち着かないわ〉
「……普通に休憩だと思っておけばいいだろ? あいつは普通だぞ?」
そう言ってシーラのいる方を親指で指し示すフィリップ。
呆れたような視線から隠れるように、額に手を当て自分の足元を見る。
〈それは分かっているわ。でも……、やっぱりレティがいないからかしら?〉
「なんだよ、目に付くところにいないと心配ってか? 小さい子供じゃあるまいし。殿下や兄貴も側にいるんだぞ」
〈それも分かってるわよ……はぁ〉
「そんなに気になるなら、少し見て来たらどうですか?」
その言葉に驚き顔を上げると、シーラがポットを手に戻ってきていた。
「は? いや流石に、それは無理だろう」
「少し覗くくらいなら大丈夫ですよ〜。 まぁ、雰囲気くらいしか分からないですけどね」
「はあ? また変なこと考えてるんじゃないだろうな?」
知らない間に、どうやら二人もなかなか仲良くなっているらしい。
シーラの押せ押せ作戦の成果だろうか。
「またって何ですか、もうっ! 姉様、どうしますか?」
◇◆◇
呆れ顔のフィリップを置いて、シーラに教えて貰った場所を通りながらパーティーの行われている会場の側にある庭へ向かう。
パーティーの真っ只中だからか、人にはあまり会わない。
たまに警備の者に会うが、シーラに借りた城のメイド服により特に何も疑われない。
他にも理由はあるみたいだったが、それは濁された。
兎に角なるべく怪しくないように慎重に、そして堂々と進んで行き、無事にパーティ会場の側の庭園へと着いた。流石にこれ以上は近づけない。
二回のバルコニーから少し音楽が漏れ聞こえる。つい勢いで来てしまったけれど、冷静になって考えると何をしているのかと自身に呆れる。
それでも動いたことで気分転換になったのか、少し落ち着いた気持ちに悪くも無かったかとも思う。後は、人に見つかって面倒なことになる前に戻ろうと思ったところで、こちらへと近づいてくる話し声に間の悪さを感じた。
更に、急いで身を翻したら結っていた髪の毛が近くの庭木に引っかかり、音が鳴る。
「! 誰かいるのか?」
その声にどうするべきか悩む間もなく、先程よりも近くから聞こえた声に息を飲む。
「少し休憩していた。邪魔したようですまない」
「! マスグレイヴ卿!? こちらこそお邪魔してしまったようで! では、失礼致しますっ」
突然現れたと思ったら私を隠すように立ち、代わりに声の相手へと返事をしてくれたと思えば、その彼等は何処かへ行ってしまった。
それは必然、この場には私と彼が残される訳で……。タイミングがいいのか悪いのか、飲み込んだ息を細く吐き出した所で、漆黒に染まる彼が振り向いた。
「さて、ここで何をしているのか聞いても? カミール嬢」
〈アルヴィン様……〉
引っかかってしまった髪を、そっと指先で外してくれながらかけられた声に、助かったけれども少し困った。




