21 - 強さとは
最近は暖かい日が続くようになり、ヒマワリやダリアのような大振りで綺麗な花を見かける事が増えた。
奥様が戻られてから屋敷の中もどことなく華やかになったような気がする。
レティも奥様と過ごす時間はとても楽しそうで、今日も凄く盛り上がっている。
「こちらはいかがでしょう?」
「少し、派手すぎませんか?」
「そう? でも今度のパーティーではあなたは主役なのだから、せめてこれくらいは——」
いや、レティの周りの人たちが盛り上がっている。
今日は予てより注文していたいくつかのドレスが完成したようで、試着と、あれば手直しといったところ。
それというのも、数日後にレティと殿下の婚約披露パーティーがあるからだ。
以前は建国記念日の際に発表をしたのみだった為、今回改めて正式にお披露目をするらしい。
結局ドレスは、彼女の瞳とよく似た薄ピンクをメインにしたものになった。決して派手ではないがフリルやレース、宝石や刺繍がさり気なく、しかしアクセントも効かせるデザインで、近くで見るとお金がかかっているのは一目瞭然だった。
そして首元には以前アルヴィン様が持ってきた、殿下からの贈り物の碧色のアクセサリーが輝いている。
見ている側からすればとても似合っているし物凄く愛らしいのだが、言えば言うほど、褒められれば褒められるほど、恥ずかしいのか俯いてしまう。
「レティ、パーティーで多くの人に同じことを言われても、その様な態度でいるつもり? しっかりなさい。……大丈夫、堂々としていなさい。一人ではないのだから。あなたの隣に立つ人を信じて」
「……はい、お母様」
「私もね、旦那様の隣に立つのは初めはとても緊張したのよ。私が失敗して彼に恥をかかせる訳にはいかない、って」
「お母様がですか?」
「ふふ、そうよ? でも結局あの人にたくさん助けて貰ったわ。失敗もしたと思う。でもそんな私にあの人は最後こう言ったの。“今日はありがとう、君がいてくれて良かった。これからもよろしく頼む”って。何が良かったのかは分からなかったけれど、大切なことには気づけたわ」
「大切なこと……」
「ええ。一人で頑張らなくていいってことよ。頼っていいの。甘えていいの。これからずっと一緒にいる人なのだから。殿下もそれくらい受け止めてくれるわ……うちの人には敵わないかもしれないけれど」
優しい表情でレティを励ましていた奥様の話は、最後は旦那様の惚気で終わった。
奥様は本当に旦那様が大好きで、よく惚気話を聞く。
最初は戸惑ったもののレティで経験していたからか、慣れるのは早かった。
今回は仕立て屋の女性も加わり、大人の恋の話(?)で盛り上がる午後のティータイムだった。
◇◆◇
「はぁー。お母様の言葉に励まされたけれど、やっぱり緊張はするわ。カミールも一緒に行けたら良かったのに……」
〈こればかりはね。私が何処かの貴族の子女だったなら良かったのだけれど〉
「ドレスを着て行ったら案外分からないんじゃないかしら?」
〈ふふっ、控え室までは一緒だから、それで我慢ね〉
「……」
夜レティの髪を梳かしながら話しをする、ゆっくりとしたこの時間が最近のお気に入りだった。
〈殿下が来るまでは傍にいるから、それでいいじゃない〉
「ユリウス様とカミールはまた別なのよ〜。……はあ、また今回も言われるかしら」
〈前に言われたことを気にしているの? 気にしなくていいって言っても、無理なんでしょうね〉
「自分でもそう思ってるから……」
〈殿下には相応しくないって? なら婚約辞める?〉
「……や、辞めない。今から辞めたら、迷惑に、なるだろうし」
〈その答えはずるいわね。違うでしょう? 好きだから嫌なんでしょう? 好きだから隣にいたいんでしょう? 取り敢えず難しいことは考えずに、今はそれだけでいいじゃない。殿下もレティのこと大切に思っているし。好きな相手とのことなら何だって頑張れるんでしょう?〉
前にレティとシーラが話ていたことだ。
好きな人のことになれば、些細なことで酷く落ち込むし、少しのことで凄く頑張れたりする。
恋する女の子の不思議な能力らしい。
「あの時はそう言ったけれど……」
〈前に嫌なことを言ってきた人を見つけたら、逃げてしまえばいいじゃない。それともかげから攻撃でもしてもらう? アイビーに〉
「えっ!?」
〈ふふ、冗談よ〉
そう言うと、肩の力が抜けたのかやっと笑ってくれた。
彼女は少し真面目過ぎる。
相手の言葉に耳を傾けるのは、時に自分を成長させてくれるため悪くはないが、そのまま受け止め過ぎるのはよくない。
悪口なんかは何の糧にもならないので無視すれば良い。
もっとずるく、自分勝手に行動したらいい。
私は今までそうしてきた。
けれど公爵家の令嬢である彼女と私では、立場も環境も全く違う。そう軽々しく言えないのがもどかしい。
「カミールは、人から嫌なことを言われたことはある?」
〈それはもう、聞き飽きる程言われたわ〉
私も昔はイライラしていることが多かったから、ある程度は言われてもしかたないと思っていたし、あまり気に止めることもなく聞き流していた。
ただ、髪や瞳の色について言われるのは違った。
そもそも生まれつきこの色なのだから、私にどうにか出来ることでもない。それに私自身は割と好きだったし、母も綺麗だと言ってくれていたので、悪く言われることはとても不愉快だった。
でもその言葉で傷つくことは無かった。
特に親しくもない人の好みなど関係ないと思っていたから。
〈だから、もしレティがこの髪や瞳の色を気持ち悪いと思っていたら、凄く困ってしまうかも〉
「そんなこと思ってないわ! 私も素敵だと思うもの!」
〈嬉しい、ありがとう〉
「……カミールは強いのね。私もそうなれるかしら」
〈それは……自分で言うのもどうかと思うけれど、私みたいにはならない方がいいと思うわ。レティは少し肩の力を抜けばいいのよ。悪いことばかり考えているけれど、良いことだって、レティの味方だっているでしょう? 下らないことを言うちっぽけな人じゃなくて大物が〉
「大物? お父様のこと?」
〈やだわレティ、アイビーに決まっているじゃない〉
「……ふっ、ふふふ。そうね、アイビーは大物だったわ」
〈何か言われたら、その人の横にレティの味方を思い浮かべて。旦那様でも奥様でも、殿下でもアルヴィン様でも、フィリップにシーラ、邸の人たちや私でもいいわ。その人だけを見ちゃダメよ。後はレティの心の持ちよう次第、卑屈にならないように〉
「……ありがとう、カミール」
〈それでもダメなら教えて。アイビーにこっそりお仕置きしてもらいましょう〉
「もうっ、それはダメだってば」
レティに就寝の挨拶をして部屋を出ると、ドアの横の壁に凭れかかるフィリップがいた。
〈盗み聞きなんてやらしいわね〉
「盗み聞きじゃないしー。通りがかったら少し物騒な話が聞こえたから様子見してただけだしー」
〈物騒?〉
「影からアイビーに襲わせる、だったかな」
〈結構前からいたのね……〉
「まあ、余計な心配だったみたいだけど」
〈あら? 私は本気よ? もしレティが傷つくようなことがあれば遠慮なくアイビーに頼むわ〉
「……バレないようにやれよ」
呆れた様子ながらも、止めることはしないフィリップ。
〈ふふっ、もちろん。じゃあ、お休みなさい〉
「おう。あ、あー、俺も、その髪と瞳、綺麗だと思うよ。……んじゃ、お休み」
突然の言葉に驚いたが、それだけ言ってさっさと行ってしまった。
〈……当然でしょ〉
遠ざかる彼の背を見ながら溢れた言葉は、自分でも満足気なのが分かった。
緩む頬のまま自分の部屋に入ると、床に黒い大きな塊が。
思わず駆け寄り抱きついた。
〈アイビー、今日はここで寝るの?〉
アイビーは二本ある尻尾を器用に使い、良くこの部屋にも出入りしていた。
そんな彼女の黒い毛に手を通しながら先程のことを考える。
〈ここは優しい人が沢山いる。でもそれがたまに怖くなるの。大切なものが増えるのは怖い。それを守るためなら何だって出来る気がする自分も怖い……〉
アイビーは何も答えないけれど、優しく細められた金眼は私の味方だと言ってくれている気がしたし、実際いつもそうだった。
〈何があっても私を見捨てない存在がいるって分かると、安心する。明日からもまた、レティの言ってくれた強い私でいられそう。ありがとうアイビー〉
その日はベッドではなくて、暖かい温もりに包まれて眠った。




