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01 - 大切な場所

初日のみ5話投稿。

 

 

 

「——おしまい」

 

 絵本が終わり「わー!」「きゃー!」なんて言葉と一緒にみんな手をたたく。

 女の子は最後の結婚式の絵にうっとりし、男の子は聖獣と共に戦う王子に憧れたみたいで興奮している。

 普通の子供の反応はこういうものなのだろう。可愛くなかった自分の子供時代に内心苦笑いが溢れる。

 

「これはこの国で本当にあったお話と言われています。この後、ラドフォード王国は神獣様に護られる国として他の国でも語られるようになりました。そして神獣様は今も、何処かで私たちを見守って下さっています」

「凄〜い!」

「わたしも神獣様に会ってみたい!」

「ふふ、そうですね。明日は建国記念日ですから、今日から三日間お祭りになりますが、神獣様への感謝の気持ちを込めて神殿でしっかりお祈りしましょうね」

「「は〜い!」」

「はい、素敵なお返事ですね」

 

 変わらないやりとりに懐かしさを感じ、少し沈んだ気分が軽くなったような気がした。

 部屋を出て行く子供たちと入れ替わるようにして、被っていたフードを下ろしながら部屋へと入る。

 

「あら?  カミール!  来ていたのね、お帰りなさい」

 

 そう言って微笑んで抱きしめてくれる女性。

 私はもうここを出たけれど、未だに顔を出した時には『お帰りなさい』 と言ってくれる人。

 たくさんの”当たり前”をくれた人。

 

「カザルムさんも少し前に見えたのよ。今日は下の息子さんも一緒みたいで、今は応接室で待ってくれているわ。 行きましょう」

 

 私たちの大好きな母である彼女に、私も少し照れながらも笑みを返す。

 

 

 

 ここは身寄りのない子供たちの集まった孤児院。

 私も産まれてすぐに親に捨てられたらしく、運良く母に拾ってもらい成人となる十七歳までここで過ごした。

 

 ここでは母の教育で、みんな簡単な礼儀作法や読み書き計算を教わる。更に母の昔からの伝手もあるため、働き先にはあまり困らず自立がしやすい。

 

 母は本当に素敵な人で、沢山の人に好かれているのがよく分かる。

 しっかりしているけれど、たまに小さな失敗をして凄く落ち込んでしまったりと、可愛いところもある。

 私たちも母のことが本当に大好きで、先にここを出た兄や姉たちも、暇が出来れば遊びにきて手伝いをしている。

 

 そんな母ももうすぐ四十歳、まだまだ元気ではあるものの、だからこそみんな心配している。このまま誰とも添い遂げずにいるのかと。

 

 

 今から会うカザルムさんは母の知り合いの商人で、孤児院への援助をしてくれている人達の一人だ。

 日用品や消耗品、食材から古着までいろいろな物を安く売りに来てくれる。

 この辺りでは一番大きくて有名な商会の会頭をしているらしく、なかなかの遣り手らしい。

 そんな忙しそうな人が何故わざわざここまで足を運んでくれるのか、長年見ていれば気づいてしまう。母に聞いても友人だとしか答えないが、奥さんに先立たれ何年か経った今、私たちは影ながら全力でカザルムさんを応援している。

 

 まあそれとは別に、私も北の森で採れた物などを買い取って貰ったりと、個人的にもとてもお世話になっている人だ。

 

 

「お待たせしましたカザルムさん。 ジルさんも初めての場所なのにごめんなさいね」

 

 応接室に入り母が声をかけると、壮年の少しふっくらとした、まるで陽だまりのような雰囲気の男性が立ち上がり、見た目と同じ優しげな声で答える。

 

「いえいえ、私らが早く来てしまっただけですから」

 

 そして同じく隣に立った彼が、カザルムさんの下の息子さんらしい。確かに茶髪に鳶色の瞳と、外見も雰囲気もそっくりだ。

 

「カミール、今日もよろしく頼むよ」

 

 朗らかに話しかけてくれるカザルムさんに、私も軽く頭を下げる。

 

「そうだ、 先に彼女には紹介したのだけれど、これは私の末の息子でジル。もうすぐ十七歳になる。最近は私に付かせて、仕事を覚えさせているんだ」

 

 そしてカザルムさんは、私と彼にそれぞれのことを紹介してくれた。

 

「ジル、彼女はここの出身でうちのお得意様であるカミールだ。くれぐれも粗相をしてくれるなよ」

「ジルです。 まだまだ仕事について分からないことも多く未熟ですが、よろしくお願いします」

 

 北の森で採れるものは質がいいらしく、冗談か本当か、カザルムさんはいつも私のことをそう言う。

 そして一瞬目を丸くしたものの、笑顔で挨拶をしてくれる彼はとても誠実そうだった。

 私も軽く微笑みお辞儀を返す。

 

「……?」

「ああ、カミールは声が出ないんだ」

 

 何も言わない私に不思議そうな顔をした彼に、再びカザルムさんが説明してくれる。

 

 私は何故か産まれた時から声が出なかった。

 お医者様に見て貰ったが特に異常もなく、理由が分からないらしい。

 小さい頃はとても不便で苦労したけれど、母や孤児院(ここ)のみんなの優しさに救われ、身振り手振りや文字での意思疎通などでなんとか過ごしてきた。

 

「そうだったんですね。何か気に障ることでもしたかと思いましたが、違ったようで良かったです!  慣れていないので色々手間取るかもしれませんが、その辺も勉強しますので改めてよろしくお願いします」

 

 少し照れたように笑いながら頭を下げる彼に、私も改めて胸に片手を当てると丁寧に頭を下げた。

 

 

「さて、挨拶も終わったところで早速商談といこうか」

 

カザルムさんの言葉にそれぞれがソファーへ座る。

 母は奥から四人分の新しい紅茶を運んで出してくれた。

 全員が座ったところで、肩がけ鞄の中から今朝森で採ってきた物をテーブルの上に置いていく。それぞれ小分けにしてある麻袋の中身をカザルムさんが確認し、ひとつ頷くと隣のジルに渡し、同じく確認させる。

 全ての確認が終わると、満足そうな表情でこちらを向いた。

 

「相変わらず素晴らしいね。 今日も全て買い取らせてもらうよ」

「本当に凄いです、珍しい薬草がこんなに。それに全て質が良いです。いったいどこで……?」

 

 その問いにカザルムさんに視線を向ければ、私の代わりに説明してくれる。

 

「これらは全て北の森のものだ。カミールはいつもそこに採取に行くんだ」

「北の森!? あの森は魔力の所為で入ったら最後、よほど運がよくなければ出て来られないとか、恐ろしい森の番人もいるって言うじゃないですか! そんな危険な森に一人で?」

「私たちも最初は危険だからと何度も止めたんだがな。本人は全く話を聞かないし、困ったものだった」

「……あれ? でもあの森はどれだけ進んでも森の奥には行けないんじゃ? 迷った人は同じ場所をぐるぐる歩かせられるとか……」

「そこなんだよ。どうやらあの森はカミールにとっては普通の森と同じらしい。現にこうしていつも素材などを採取して、無事森から帰って来ている。カミールに危険がなく、尚且ついい品が手に入るとなると、我々にそれを止める理由がない」

 

 カザルムさんの言葉に苦笑いで頷く。

 昔はよく母にも叱られ、何度も揉めた。けれども懲りずに何度も森へ行き、そして無事に戻ってくる私に二人とも諦めたのか、今では認めてくれている。

 確かに北の森は危ないという話をよく聞くけれど、私はあの森で危険な目に遭ったことはないし、恐ろしい森の番人なんて、見たこともなかった。

 きっと迷った誰かが獣か何かに襲われたのを、大袈裟に吹聴したものが広まったのだろう。

 

「稀に魔力の影響を受けない者がいるという話も、聞いたことがありますけど……。ただの噂じゃなかったんですね」

 

 驚いたという顔をするジルに苦笑いしながらも、カザルムさんは素早く計算した今回の分の代金を差し出してくる。

 私も手を出して受け取ろうとした時、麻袋を出す時に服に引っかかっていたのか、朝一緒に拾ってきた羽が一つ、テーブルに落ちた。

 

「「「!!」」」

 

 その羽を見た三人共が驚いており、その反応を不思議に思ったが、取り敢えず仕舞おうと羽を持つと、カザルムさんがどこか慎重に話しかけてきた。

 

「その羽は……どうしたんだい?」

 

 その質問にテーブルの上に視線を走らせると、紅茶と一緒に持ってきてくれたのだろう、水の入った小さなカップがあった。

 行儀悪いけれど、その中に人差し指を入れ水をつけると、テーブルの上に文字を書いていく。

 

「もり…で、ひろ…。北の森で拾ってきたんだね? 成る程。やはりクツァールはあの森に……」

 

 カザルムさんの言葉に頷き、聞きなれない言葉には首をかしげると教えてくれた。

 

「知らないかい? クツァールっていうのは、この羽の持ち主の名前だよ。森で碧色の綺麗な鳥を見たことないかい? この羽を使った装身具は、貴族様方に凄い人気なんだ。羽軸には魔力が宿っていて、魔法具にも使われる。滅多に手に入らない物だから、加工前の羽だけでも時価でなかなかの値が付く」

 

 その説明に驚いたが、羽の相場を聞き言葉を失った。さっきの三人の反応にも納得する。

 それだけあれば今の私の生活水準ならば、何年働かなくていいのだろうか。

 

 そしてとても困った。

 鞄の中にはまだ二つ程あり、さらに一つは飾り羽だ。普通の羽であの値段だと、あれは一体いくらするのか……。

 

「カミール、この羽も売って貰えないだろうか?」

「ちょ、父さん!」

 

 一人で内心慄いていると、カザルムさんから声がかかった。

 

「実は他のお客様に頼まれているんだ。なるべく早くとせっつかれているんだが、困ったことになかなか手に入らなくてね」

「そうだよ、なかなか手に入らないんだよ? それを彼女から取るなんて!」

「もちろん、相場よりも高く買わせて貰うよ。とても状態がいい。……無理だろうか?」

「父さんっ!」

 

 困ったような表情のカザルムさんと怒るジル。

 ただ拾っただけで特に執着もないので、二人に羽を差し出す。

 

「え? いいのかい?」

「無理しなくていいんですよ!?」

 

 何故か必死に止めるジルに問題ないと頷く。

 しかし、いきなりそんな大金を持つのは怖い上に、落ちていたものを拾っただけなので相場の一割くらいでいいと伝える。

 

「「それはダメだ(です)」」

 

 ここにきて息の合う親子に可笑しくなる。

 

 

 カザルムさんにはこれまで良くしてくれたお礼、私から買ったと誰にも言わないこと、そして残りのお金は院に還元して欲しいと伝えた。

 そこで母も話に加わってきたが私は絶対に譲らなかったし、なによりその条件でなければ売らないという話にカザルムさんが折れてくれ、私も妥協して五割手元に来ることで交渉成立となった。

 

 カザルムさんは良い人なので、これから孤児院(ここ)はさらに良い環境になるだろう。

 

 

 今日はそれほど手持ちがないということで、その場では全額貰わず残りはまた後日となったが、それでも私にとっては十分大金だった。

 今回の取り引きを書面に残すと、二人は感謝と謝罪の言葉を繰り返しながら帰っていった。

 今日から三日間はやはり商会としては忙しいらしい。

 

 

 

 

 

 

——————

 

 

 

「今日は偶然だったが凄い物が手に入ったなあ」

「ちょっと無理やりだったんじゃない?」

「カミールは結構しっかりしている。本当に嫌だったらはっきりそう伝えてくるさ。それにお前も商人なら、チャンスを逃すようなことをするんじゃない」

「だからって、あんな困った演技まですることないだろ! それにこの羽は珍しいだけじゃない。まるで騙したみたいだ……」

「嘘は言っていない。ミモザも何も言わなかったんだ、問題ないということだろう。それに困っていたのは事実だ。なんだ、今日はやけにつっかかってくるがカミールが気に入ったかい?」

「んなっ!? 別にそんなんじゃないよ!」

「なら口のきけないことへの同情か?」

「そんなつもりじゃ……」

「違うならいいが、カミールはそういったことを嫌うからな。気をつけるように」

「分かった」

「……カミールは顔も悪くはないし、器量もいいんだがなぁ」

「何かあるの?」

「いや。まぁ、あれだ。少し癖があるからお前の手には負えまいよ。それにあの色だからね、悪く言う者も少なくない」

 

 脳裏に浮かぶ彼女の容姿は、少し珍しい黄緑色の髪に翠色の瞳だった。

 

「森人(もりびと)……」

 

 青年が思わず呟いた言葉に鋭い視線が飛ぶ。

 

「今の言葉をあの子の目の前で言わなかったことは褒めてやる。だが、二度とそんなことを考えるなよ」

「……もちろん分かってる」

「ふぅ。……まあ、あの子は言われたところで何も気にしないだろうがね。髪や目をフードで隠しているのも、なるべく面倒を避けるためと言っていた。そもそも、森人の正しい容姿など伝わっていないというのに……」

「彼女は、強いんだね」

「そうだなぁ、あそこの女性は強いよ……」

 

 

 

 

 

 

 馬車の中、青年と、何処か遠くを見つめる父親のちょっとした会話

 青年の手には丁寧に包まれた碧色の羽が一枚、乗っていた

 

 


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