18 - それぞれの価値観
「シーラはフィリップの何処が好きなの?」
「え?」
「えっと、フィリップが良くないとかではなくて、普段お城で働いているのだから、他にも素敵な騎士や官僚の方とかを見かけることも多いでしょう?」
突然のレティの質問に目を丸くするシーラだが、それは私も気になっていたので同意するように何度か頷いた。
何か特別な出来事でもあったのだろうか。
「あ、はい。確かにお城では何度か素敵な方を見かけますね」
「そうよね? で、その中でフィリップを選んだ理由は?」
「顔です」
「……え? あ、えと、もう一度、言ってもらえる?」
「はい、顔です!」
「か、顔。そう、顔なの……」
「もちろん、優しいところとか、気さくな感じとか、他にもあるんですけど」
「そうよね!」
「一番はやっぱり顔です。すっごく好みなんです〜」
「……」
レティが少し困ったような顔でこちらを見てくるが、仕方ない。シーラはこういう子である。
でもどちらかと言うと私も、シーラと同じ側だと思う。
〈一緒にいれば大体顔って視界に入るでしょう?〉
「まあ、そうね」
〈それなら、その顔が好きじゃないと恋愛は難しくない?〉
「えぇ……?」
シーラは強く頷いているが、レティにはいまいちよく分からないらしい。
〈そうね……、少し想像して見て。この前の殿下の言葉でいいかしら〉
「??」
〈“君は本当に可愛らしい”と、殿下に言われる〉
「!」
「きゃー!」
〈次は、酒場にいるような髭モジャの小汚いおじさんに言われる〉
「……?」
「きゃーっ!!」
〈じゃあ最後はフィリップに——〉
「きゃーー!!! って、痛い、いたたた。なんですか、頭が急に」
〈ご、ごめんなさい〉
レティは殿下の言葉を思い出したのか想像したのか分からないが、顔を赤く染めていたけれど、二回目からは、もうよく分からないような顔をしていた。
シーラは三回とも同じ言葉を喋っているはずなのに、反応が全て違った。おかげで魔力の制御が少し不安定になってしまった。
両手で顔を覆い、気持ちを少し落ち着かせる。
(だ、だめだわ。今シーラをみたらまた乱れそう……)
深呼吸を一つして顔をあげる。
〈ふっ〉
笑いは漏れたが、魔力は大丈夫だ。
「姉様なんですか? 人の顔を見て笑うなんて」
〈ごめんなさい、何でもないわ。でも今の感じだと、レティはあまり良く分かってなさそうね〉
「え? えぇ、見ず知らずのおじ様に言われても困るくらいで、シーラのようには……」
〈おじ様か……。んー、可愛いっていう言葉は言われたら嬉しいものでしょう? でも不思議なことに気持ちの悪い人に言われると気持ち悪いし、別に好きな人じゃなくても顔が良ければドキドキするらしいわ。さっきのシーラみたいな反応ね〉
「そうなの?」
シーラはまた強く頷いているが、レティにはやはり分からないらしい。
〈それじゃあ、レティは殿下の顔が急に醜く変わってしまったらどうする?〉
「えぇ!? それは凄く大変なことだと思うわ! 何か変な魔法をかけられたのか、害はないのか調べないといけないわ!」
〈ん〜、そういうことでもなくて……。レティは、そうなってしまっても変わらず殿下を愛せる?〉
「そ、それは、もちろん。例えお顔が変わってしまっても、ユーリ様に違いないのでしょう? 最初は当然困惑するでしょうけど、あの人の聡明さや優しさ、……少し意地悪な所も、それが変わらないなら、私は、また好きになってしまうと思うわ」
「凄いですね……。純愛って感じがしますぅ」
私も質問しながら、きっとレティは変わらず殿下を好きだろうなとは思った。
でも本当に、なんだか綺麗な心を持っていて、とても眩しい……。
シーラは素敵な恋物語でも聞いたようにうっとりしている。
そんな私たちの反応に恥ずかしくなったレティから、逆に聞かれた。
「二人は違うの?」
「私は、少し自信ないです……。あ、でも今のお顔で性格が最悪とかなら大丈夫です! なんでも許してしまいそうですよ〜! 浮気とかされても、そっか、(その顔なら)仕方ないねって」
「〈それはダメでしょう〉」
少し舌をだして冗談ぽくしているが、彼女の場合、本当にそうなる気がして怖い。
レティもそう思うのか、笑顔が消えて珍しく真顔だった。
「カ、カミールは? カミールも顔は大事なの?」
〈そうね、変な顔にドキドキするのは難しそうだわ〉
「変な顔……」
〈だからといって、別に整った顔が好きって訳でもないけれど。殿下やアルヴィン様を見て素敵だなーと思いはしても、好きとはならないから〉
「フィリップは?」
〈フィリップの顔は、何故か苦手なのよね〉
えーっ、素敵なのに〜とかなんとか言っているシーラは放置。
顔は何をするにも目に付くので、やっぱり重要だと思う。
〈ただ、私はまだ恋をしたことがないから。もしかしたら、とても不細工な優しい性格の人に惹かれるかもしれないし、性格が最悪な素敵な顔の人かも知れない。そう考えると、なんだか少し楽しみね?〉
「えぇー! なんでそんなに極端なんですか!?」
「そうよ、普通はないの? 普通の人!」
〈んー、普通の人には惹かれない気がするの。声が出ないことを除いても、私が少し普通じゃないみたいだから〉
少し冗談めかして言ったのだが、思っていた反応と違い、なんだあか二人とも少し納得していた。おかしい。
「でも、カミールってまだ恋をしたこと無かったのね。少し意外だわ」
「あ、私も思いました」
〈そう?〉
「なんだか男の人に慣れているような気がしたから」
〈それは孤児院で育ったからじゃないかしら? 同じ家に血の繋がらない男の人が住んでいる訳だし〉
「そうですよ! そこです! 血の繋がりがないんですし、恋とか始まったりしないんですか? 浴場で偶然、きゃっ、とか!」
〈そんなことがあったら先に手が出るわよ〉
「えぇー……」
〈まあ、確かにそういう人たちも居るにはいたけれど。お互い院を出て、少ししたら結婚した人とか〉
「まあっ!」
「やっぱりあるんですね!」
〈ただ、私は全くだったわね〉
残念そうな顔をされてもしょうがない。
無いものはないのだから。
私の場合はそれどころじゃ無かったというのも大きいかもしれないが、それは別にわざわざ話さなくてもいいだろう。
「本当に何もないの? 少しでもいいなって思った人とか」
レティの言葉に古い記憶が少し戻ってくる。
そして一人の男の人が浮かぶ。
「その顔は誰かいましたねって、大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いですよ?」
「本当だわ、カミール大丈夫?」
〈大丈夫。少し前のことを思い出しただけで……〉
「それは、何か辛い事でもあったの? 聞いても大丈夫な事?」
〈全然大丈夫よ。ただ、昔少し仲良くしてた人ならいたな、と思って。でも最後はいい思い出じゃなくて……〉
近くに住む少し年上の優しいお兄さんだった。
目が少し垂れていて、笑った顔が少し幼かった。
私が近所の子にいじめられている時も、見かければ助けてくれたりもして。
でも十五歳になり学校へ行き、十七歳で戻って来た時彼は大分変わっていた。
あんなに親切で優しかったのに、少し粗暴な雰囲気が混じっていた。
そんな様子に困惑する私に、彼は迫ってきた。
私に自分のことを好きなんだろうと意味の分からないことを言いながら。
私はその時十五歳で、上の姉やもう出て行ったがたまに遊びに来てくれる姉たちの話を色々聞いていたので、知識だけはたくさんあった。
なので、彼に二人きりになりたいと言われれば危機感を覚えたし、遅い時間の外出の誘いには絶対乗らなかった。
すると痺れを切らしたのか、あろう事か孤児院の裏庭で襲われた。
その場は無事どうにかしたけれど、少し問題になってしまい、それ以来彼とは会っていない。
ただ、聞いた話では、家族によって隣街へと修行に出されたとか。
話終わると二人の顔色が悪くなってしまっていた。これは少し誤解させてしまったかもしれない。
〈私は特になにもされてないから全然平気よ? 優しいお兄さんだった人が変わってしまったのは残念だったけれど〉
「でも、そんなことがあったら怖いわ。カミールだって、さっき顔色が凄く悪くなってて……」
やっぱり誤解している。
〈違うの。どうにかしたって言ったでしょう? 私、自分の身は自分で守ったのよ。ただ、その時少しやりすぎてしまって……。その後、母に凄く叱られたの。最初は凄く心配してくれてたのに、話を聞くうちに無表情になっていって……今思い出しても怖いわ……〉
あの時の母は本当に怖かった。
私も少しやり過ぎたかなと思っていただけに、素直に怒られるしかなく。
母は絶対に怒らせないと、その日強く誓ったのを覚えている。
二人は今度は口をポカンと開けていて、その少し間抜けた顔が面白い。
「「カミール(姉様)って、やっぱり少し変わってるわ(ます)」」
二人の口には、お菓子を放り込んでおくべきだったかもしれない。




