17 - 契約をしました
今日も朝からとてもいい天気だ。
綺麗に整えられた庭園には薔薇やルピナス、ポピーなど色彩豊かな花々が増え、少し前から色鮮やかに咲き誇っていた。
孤児院では観賞用としてはもちろん、虫除けにもなるゼラニウムを窓辺に飾っていたが、ここではどうなのだろうか。
「ぇ……!」
レティは今朝貰った手紙を読んでいる。
差出人の名前を見るなりとてもご機嫌で、先程からずっと嬉しそうにしていた。
「お母様がもうすぐこちらに来られるみたい!」
そう言うレティの顔は凄く嬉しそうで、早く会いたいのがよく分かる。
彼女たちの母親、奥様は、王城での仕事が忙しい旦那様に変わり定期的に領地へと様子を見に行かれている。普段は家令の人に任せているらしいが、任せっきりにしないところが旦那様らしい。
予定では建国記念日の前には戻る筈だったのだが、どうやら少し向こうで問題が起きたらしく、対応していたところこの時期になったようだ。
唯一女性の相談相手であった母親がおらず心細かったけれど、そのお陰で私と会えたと話すレティは、私と奥様を早く会わせたいらしい。
聞く話によると、奥様は母とも交流があるらしく、私もずっと気になっていた。
そして今日は、シーラがレバンと契約をする日だ。
あれからレティに話を聞いた旦那様も喜んで下さり、しかし規則だからとシーラの身辺調査などが行われた。
そして無事、問題無しと判断されたため今日この時を迎えた。
シーラの休みが中々なく、少し待たされているレバンは若干不機嫌だが、契約には問題ないだろうとのこと。
きっとシーラが軽く翼で叩かれるくらいだろう。
今回の契約はここ、オルブライト公爵家でやるのだが、レティはシーラに会うのが楽しみらしく昨日の夜からそわそわと落ち着かない。
きっと、フィリップのことを軽く話してしまったせいだろう。
恋の話をしたくて仕方がないと顔に書いてある。
そして、待ちに待ったシーラが到着した。
応接間に通されたシーラはそれはもうガチガチに緊張していた。
それもそのはずで、彼女と一緒にアルヴィン様までやってきたのだ。
最初は前回のこともあり、レティまで少し緊張していたが、殿下がいないと分かるとホッとした様な、残念そうな顔をしていた。
シーラがここに来ることを知った殿下は、本人にはどうしても外せない用事があるらしく来られなかったが、代わりにアルヴィン様を遣いに出し、シーラの送迎も兼ねて一緒に来たらしい。
アルヴィン様は殿下からレティへの贈り物を預かって来たようだった。
「折角だからと共に馬車に乗ってきたが、彼女には迷惑だったようだ」
「そ、そんな! とんでもないです、迷惑だなんてっ! ただ、恐れ多いといいますか、こちらこそご迷惑をっ……あぁーっ、先輩たちに見られてませんように……!」
後半はボソボソと小声で話していたシーラだが、苦手と言っていた相手との馬車の相乗りは、色んな意味で辛かったようだ。
そこへフィリップがレバンと、今日の契約を見守り記録する人を連れて戻って来た。
以前の私とアイビーの契約の時は公爵様が立ち会ったが、今回は別の担当官がいる。
「手順としては今言った通りとなります。特に難しいことも、痛みももちろんありませんので、心配はいりませんよ」
「は、はいっ!」
「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「……はい。……ふぅー。もう大丈夫です、お願いします」
担当官の人はとても優しそうな落ち着いた女性で、丁寧に説明をした後シーラの様子を見て筆を取った。
その様子を眺めていると、シーラは契約よりも周りの人たちに緊張しているようだった。
特にフィリップが気になるらしく、先程から見る→溜息→目が合う→逸らすを繰り返していてフィリップも不思議そうにしている。
見ていてとても面白い。
それにしても、
〈足に描くの? 手の甲じゃなくても大丈夫なのね〉
「一般的には手の甲に書いて手首に定着するものだけれど、シーラはお城のメイドだからあまり目立たない方が良いと思うの。仕事の面と、変に目を付けられない為にもね」
気になったことをこっそりレティに聞くと、そう教えてくれた。
言われてみれば確かにそうかもしれない。
魔法陣による契約は契約紋が残るので、少し階位の高い魔獣と契約していると分かる人にはすぐに分かってしまうらしい。
シーラは最初人前で足を出すことに抵抗を感じていた様だが、いざ始まってしまえば、興味深そうに覗き込むフィリップの近さに気を取られているうちに魔法陣は描き終わり、待っていたレバンに魔力を流して貰い無事に契約完了となった。実にあっさりとしている。
今、彼女の足首辺りには紋様と文字の入り混じったものが、ぐるりと巻きつくように刻印されている。
そして魔獣側には、契約獣であることが分かる様に何か目印になるものを着けるのだが、魔法陣での契約は国で管理され、契約主共々国の管轄となるため王家の印の入った装飾を付けることになる。
その為シーラもその例に漏れず特注で作られた足環、それを震える手でレバンの足に邪魔にならないよう取り付けていた。
そしてレバンには名前がついた。
フィリと言うらしい。
何処からとったかとても分かる少し引っかかる名前だが、本獣は意外と気に入っていた。
◇◆◇
契約の終わったシーラは、今は庭園でフィリと戯れている。というよりも、遊ばれているように見える。
彼女はこれからフィリとの生活が始まる訳だが、常に一緒にいる訳ではない。
フィリは特別個体のため、契約をしたものの一応は国の所有である事。彼女にはメイドとしての仕事は勿論、住んでいるところも城内にある寮なので、普段は前回行った魔獣舎に預けられることになった。
その為彼女の心配していた飼育の金銭面についても、国から出るらしく安心していた。
フィリについては契約したのに不自由に思えるが、以前と違いもっと広い範囲を自由に飛べるようにはなった。
シーラも毎日会いに行くし、手紙を届ける口実で沢山飛ばせてあげたいと言っていた。
そんな彼女と契約出来たことが、フィリには一番の喜びなのかもしれない。
そして手紙の届け先は練習として、暫くは距離も近く魔力もよく覚えている私が配達先になる。
「シーラ、お茶の準備ができたわ。休憩したらどう?」
「あ、はーい! 直ぐ行きます!」
そして今からは三人でのお茶会だ。
フィリップは契約が終わるなり、同じく興味深そうに見ていたアルヴィン様を連れて鍛錬場へと行った。
とても嬉しそうで、ご主人様に構って欲しい犬にしか見えなかったのは、私だけじゃないと思う。
「うわ〜、すっごくいい香りがします。んーっ! 香りだけじゃなくすっごく美味しいです〜」
「気に入って貰えたのなら良かったわ。お菓子も遠慮せず食べてちょうだいね」
「はいっ! ありがとうございます」
会話を聞いていると、シーラの方が年上のはずなのに、そうは見えなくて内心苦笑いをした。
そして話題のメインは勿論——
「シーラはフィリップが好きなのよね?」
「ぶふっ、ごほごほっ。姉様、話したのですか……?」
〈ごめんなさい、ついポロッと。でも、話してなくても今日の様子を見ていれば分かったんじゃないかしら?〉
「そうね、かなり分かりやすかったと思うわ」
「えぇー! そんなっ、ほんとですか!? もしかして、フィリップさんにも……!」
苦笑いしながらのレティの言葉に真っ赤になったり真っ青になったりと忙しいシーラ。
でも彼女は基本的に逞しい。
「でも、それなら仕方がありません。気付かれてしまったのなら、これからは堂々とアタックします!」
「まあ! 積極的なのね、頑張って!」
「押せ押せで行きますよ〜!」
「きゃー!」
フィリップはまだ気づいていないだろうけれど、楽しそうで何よりです。




