16 - 金と黒
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
「構わないさ、どうせ母上がまだ話足りないとごねたのだろう? 全く、私のヴィーだというのに」
「もう、ユリウス様っ!」
「ヴィー、違うだろう?」
「うっ、ユ、ユーリ、様」
甘い雰囲気に少し当てられて、フィリップの側へと避難する。
「なんかあったか?」
〈え?〉
「少し疲れた顔してる」
その言葉に少し驚く。
でもなんだか安心もした。
〈フィリップの二番煎じってところかしら〉
「は?」
〈私はレティが大切って話をしただけ〉
「ふーん」
相変わらず返事はそっけないけれど、心配してくれているのはなんとなく分かった。
二人の甘いやり取りは意外と早く終わりを迎えた。
予定が詰まっているらしい殿下は呼ばれてしまったのだ。
「すまない、ヴィー。また近いうちに会おう。今度は買い物にでもどうだい?」
「お忙しいのは分かってますから、大丈夫です。お買い物、楽しみにしています」
「また連絡する」
「はい、今日はありがとうございました」
模範の様な素晴らしい笑顔を残して去った殿下と、その後ろ姿を見送るレティ。
殿下の相手も少し余裕がでてきたみたいだ。
馬車の元へとお城の騎士の先導のもと歩き出すと、我に返ったようにレティがこちらを見て眉を下げた。
「カミールごめんなさい! あなたのこと放っておいて!」
〈大丈夫。恋する女の子は好きな人以外、視界に入らないものだから。分かっているわ〉
「確かに、途中から俺ら忘れられてたよなー」
「ちっ違っ! 忘れてなんてっ、って、そうではなくて! 初めての場所なのに一人にしてしまったから、私はそれが言いたくてっ」
前を歩く騎士を気にしてか小声で話かけてくるレティに、ついつい揶揄いたくなる気持ちを抑えて今度はしっかり答える。
〈それも大丈夫。案内してくれたお城のメイドの子と仲良くなれたの。さっきの部屋へ行く前にその子としばらく話をしていたから、そんなに待たされてもいないわ〉
「そうなの? それなら良かったけれど」
馬車に乗ってからシーラとレバンの話をした。
レバンが気に入った人を見つけたこと、その相手もレバンを気に入り、可能ならば貰い受けたいと言ってくれたこと。
話を聞いたレティはとても嬉しそうにしていた。
「それならお父様に直ぐ報告しましょう! お城で働いているなら、身元はしっかりしているでしょうし、調べるのも簡単で直ぐに済みそうだわ。カミールが仲良くなった人ならとても良い人そうだもの、きっと良いお返事が貰えるはずよ」
〈そうだと嬉しいわ〉
「あー、坊っちゃんは落ち込みそうですけど」
「……そこは仕方がないわ、こればかりは相性だもの」
確かにレバンを気に入っていたイリス君は残念がるかもしれない。
三人で思わず顔を見合わせ、誰が説明するかを押し付けあった。
——————
ここはお城の奥。
沢山の本たちが綺麗に並べられる中、さらにその奥の部屋からその声は聞こえる。
「あー、全く、どうなっているんだここは。漸く入れたというのに、先ずは整理から始めん事にはとてもじゃないが見たい物が見つからんぞ」
部屋の様子に眉をしかめる金髪の男。
「最近は誰も立ち入っていなかったらしい。空気も悪いな」
そしてもう一人、眉を寄せそう言うと魔法でそっと風を動かす黒髪の男。
「はぁー、まだあの国で見たい本があったというのに……」
「本ならここに大量にあるぞ」
「……。」
「冗談だ。ただ、そうも言っていられないだろう」
「分かっている。だからこうして大人しく帰国したんだ。……全く、カースティ公は何を考えているんだ。神殿も、トップが変わった途端にこうだ。面倒な……」
「“加護こそが正当なる血筋の証である”だったか。随分と挑発的な内容だが、どう思う?」
「分からん。ただ何かしらの情報は持っていて、恐らく自分達が新たに加護を得るつもりなのだろう。王族の生まれもつ痣が代を重ねるごとに薄くなっているのも、奴等が強く出る原因になっている。同じ王家の血を分けていようとも、痣のないものにあれこれ言われたくないがな。少なくともこの痣が消えぬ限り加護は確かにある」
どちらからともなく乱雑に積み上げられた本を片付ける手を止め、ため息をつく。
「アル、お前カミールの動向を少し探れ」
「……はい?」
「探ると言っても監視は別に付ける。アルにはこれからも何度か会うだろう彼女に、軽く身近な話を聞き出して貰うくらいでいい」
「俺がその類の事は苦手なの、知っているだろう」
「まあな、でも彼女のお前に対するガードは少し緩い」
「……仲の良い魔獣のおかげでか」
「ふっ、そうだな。なんならお前に惚れてくれれば、今後やりやすくなるんだが」
「彼女を疑っているのか?」
「信じるには早いというだけだ。今日見た感じでは、ヴィーにとって悪くなることはしない様に思う」
「なら何故?」
「カースティ公や今の神殿がどうにも分からんからな。この状況で、加護の痣が現れている彼女を放置する訳にもいくまい」
「……彼女が王家に連なる者だと?」
その質問に軽く首を竦めるも、次に出た言葉は真剣だった。
「だが彼女も、今までとは違い貴族の中で過ごすことになる。何処で誰に痣が見られてもおかしくはない。孤児院に居たからか、今まで痣のことが露見していないことが驚きだ。まあ、ミモザ殿が必死に隠してきたのだろうな」
「……分かった。そういうことなら努力はしてみる。だが脚だぞ? そうそう見えるような場所じゃないだろう」
その言葉に、再び手を動かしながらも、今までとは違い笑みの浮かんだ軽い調子の声が聞こえた。
「最近の侍女は積極的らしいぞ」
「は?」
「城で働く騎士は割と見目のいい奴が多いからな、そういった誘いも多いらしい。お前も何度か経験あるんじゃないのか?」
「……彼女もそうだと?」
「さて、どうだろうな」
「……」
「それより、今日は本当に驚いた。あれはお祖父様よりも濃くハッキリしていた」
「……あぁ、綺麗だった。黒かったから余計ハッキリと見えた」
少し機嫌を損ねた様だった男が、その言葉に視線を少し上に向け、思い出しているのか僅かに眉が寄る。
それを見て堪えられなかったのか——
「ふっ、はははっ。なんだ、アル。しっかり見ているじゃないか!」
「! 違う! 最初に目に入っただけで、それ以降は見ていない!」
「あー、良い良い、気にするな。お前が大きい胸より綺麗な脚が好きなのは今更だろう?」
「な、んで、お前がそれを……!」
「何年の付き合いだと思っているんだ。お前が私のことを知っているように、私もお前のことはよーく知っているぞ」
「……くそ……っ」
「はははっ、そうだな〜、綺麗な脚だったなあ?」
「……。殿下、早くここの整理を致しませんと。私は彼方の方を片付けてきます」
そう言うと背を向け、また違う本の積み重なる場所を整えだす黒髪の男を見て、笑う金色の髪の男。
「逃げたな? まあ片付けないといけないのも確かだ。この話はまた酒でも飲みながらだな」
「私は当分禁酒致します」
「はははっ」
こうして、二人の男たちの夜は更けていった。




