第06話 束の間の勝利
「……見事だ」
月明かりが照らす、天井が崩れ落ちた玉座の間。
我が右腕は息絶え、不遜にも侵入してきた四人の内の三人も物を言わぬ骸となった。
そして今、俺も息絶えようとしている。
胸には剣が刺さり、背中まで突き抜けていた。
口からも、胸からも血が溢れている。
「見事だ! 勇者よ!」
しかし、今の俺は清々しい気分だった。
己が持つ力を余すところなく使い果たした結果だからだ。
ならばこそ、讃えなければならない。
500年にも及ぶ俺の支配からの解放を成し遂げた勇敢なる者を。
しかも、どこにそんな力があったかと思う女の細腕でだ。
「よくぞ、そこまで練り上げた!
辛かったろう、苦しかったろう……。
この魔王に刃を届かせたのだ。お前の苦難の道が目に浮かぶ」
最前線で戦うにしては、スカートの丈がやけに短すぎるのは目を瞑ろう。
今以前の六度の前世で、出会った勇者たちもまた、珍妙な服装をしていた。
勇者とは、珍妙な服装でなければならない法則でもあるのだろう。
「誇れ! お前は強い!
この魔王、ヴェル=ハザードを打倒したのだからな!」
胸に突き刺さった剣を一気に抜く。
噴き出す血の勢いが増し、全身を激痛が駆け巡り、今を生きていると実感させる。
「だが、お前は強すぎる!」
喉の奥から血が込み上げる。
それでも、俺は笑った。
視線の先。
決着は明らかでも、徒手空拳で油断なく構えている女勇者の姿があった。
満足に笑う。
「予言しよう! お前の強さは、人々に畏怖を呼ぶ!
俺という存在がいたからこそ、許されていたのだ!」
剣を放り、勇者の足下に転がす。
この魔王城からの帰り道、万が一にも雑魚に殺されては俺の格が下がる。
勇者はこちらに意識を向けたまま、そろりとしゃがみ、剣を拾った。
「ゆえに! お前は疎まれ、排斥される!」
床に広がる血溜まりが、わずかに波打つ。
俺の足元から、ゆっくりと命が零れていく。
「そのとき、お前は今の正義を果たして持ち続けられるかな!
そう、昔の俺がそうだったように!」
女勇者の眉間に皺が刻まれ、その目が鋭さを帯びる。
「そして、見よ! 夜に開いた、あの深淵を!」
天を仰ぐ。
崩れた天井の向こう、夜空に歪む『孔』が開いていた。
「あれこそは我が秘術、黄泉の法!
ここで息絶えようと、俺の魂は世界を渡る!」
足元に刻まれた魔法陣が、淡く輝いて脈打つ。
残された魔力が、音もなく吸い上げられていく。
「くっくっ……。お前がやったことはすべて無駄だったのだ!
この地に秩序をもたらそうと、俺は別の地に混沌を起こす!」
女勇者が目をはっと見開き、駆け出す。
「そのとき、お前はどんな顔をしているかな!」
だが、遅い。
俺に喋る暇を与えたのが、お前の敗因だ。
「お前も、世界を渡れるものなら渡ってこい!」
右手を胸の傷口に突っ込み、身体から心臓を取り出す。
「それを新たな玉座で、楽しみにしているぞ!」
女勇者が息を呑み、駆ける勢いを弱めるのが分かった。
馬鹿め、この程度で気勢を緩めるなど甘い。
「はっはっはっはっはっ!
勇者よ、束の間の勝利をお前に捧げよう!」
俺は掲げた、己の心臓を握り潰す。
高らかな笑いとともに、意識が『孔』へと引っ張られてゆくのを感じた。




