第05話 契約の指輪
「……お前」
名香の意図が読めない。
たった一週間の間柄で、ぐいぐいと来すぎだ。
嫌な予感が、走った。
「もしや……。お隣の、国守英雄君かな?」
静寂が漂いかけたところで、第三者の声が割って入った。
視線を向け、一目で分かった。
年齢は、俺の父親と同じくらい。
頭にタオルを巻き、紺の作務衣を着ている。
竹箒を手にしており、見た目はただの神社の清掃員だ。
しかし、違う。
何らかの武を積み重ねてきた者だ。
それも、この平和ボケした日本では、絶対にあり得ない戦場を幾度も乗り越えてきた猛者だ。
魔王として、そうした者を幾人も侍らせ、時には迎え撃ってきたからこそ分かる。
「なっ!? ……おい、この指輪は何だ!」
すぐさま警戒に魔力を練ろうとして、気付いた。
左手の指輪が干渉し、俺と名香を結びつける『線』を感じる。
「あーあ、もうバレちゃった。お父さんの馬鹿」
「むっ……。すまん?」
「くそっ! 抜けない!」
名香が溜息をつき、作務衣の男に唇を尖らせた、その瞬間。
この一週間で馴染みになった、夕方五時を告げる市営放送のアナウンスと童謡が聞こえてきた。
『五時になりました。
小学生、中学生の皆さんは車に気をつけて、早く帰りましょう。
地域の皆さんは、遊んでいる子どもをみかけたら、声をかけてください』
同時に、足下から膨大な魔力があふれた。
見知らぬ魔法陣が描かれ、くるくると高速回転しながら広がり、神社の敷地を丸ごと飲み込んでゆく。
「何をした! 説明しろ!
こうも地脈を根こそぎ吸い上げるとは、大規模儀式ではないか!」
尋常ではない。
この俺にしても、これほどの膨大な魔力行使を単独では不可能だ。
何日、何ヶ月、何年と準備を整え、陽と月の巡りを見極めて、ようやく実現できる類のものだ。
こんなことができるとしたら、神以外にあり得ない。
「おーー、この短時間でそこまで分かるなんて……。
さすが、魔王『ヴェル=ハザード』だね!」
だが、そんなことよりも、聞き捨てならない名が飛んだ。
それは、俺が前世で名乗っていた名だ。
「やはり、お前だったのか! 女勇者!」
目をハッと見開き、名香を睨みつける。
「そうでーす! 私があなたを殺した勇者様でーす!」
名香は両頬に人差し指を当て、にっこりと微笑んだ。
超ムカついた。
腸が煮えくり返る。
「くっ!? 時空にまで干渉を始めたぞ! 何が目的だ!」
しかし、事態は切迫している。
神社を丸ごと飲み込んでいた魔法陣が、一気に縮んだ。
俺と名香を囲んだ魔法陣は逆回転を始め、中空に小さな魔法陣をいくつも描き、積層した球体を形作る。
それぞれが順転と逆転を繰り返し、その速度を次第に増していく。
「さっき、御由緒を説明したでしょ? 次の世界を救いに行くんだよ」
「はっ、俺には関係ないだろうが! 勝手に救え!」
球体内の輝きが増してゆく。
俺は干渉を必死に試みるが、そのそばから魔力が逆に吸われてしまう。
「やだ……。もう一人は寂しいもん」
「……何を言っている?」
そんな中、名香がポツリと呟いた。
普段の朗らかさや調子の良さは、欠片もない。
「ご先祖様も、そうだったんだよ」
「だから、見つけた」
「誰かと一緒に世界を渡るためのマジックアイテムを……。」
「この私たちが付けている指輪がそう」
視線を伏し、苦笑いを浮かべる。
その瞳には涙が滲んでいた。
「くそっ!」
思わず干渉の手を止めると、輝きはさらに強まった。
「娘を……。柚葉を頼みます」
「勝手なことを!」
もはや、自分と名香以外は見えない、向こう側。
名香の父親が姿勢を正し、頭を深く下げているのが見えた気がした。
「さあ、飛ぶよ!」
「やかましいわ!」
強烈に引っ張られるような感覚。
抗いきれない魔力の奔流の中、俺は毒づくことしかできなかった。




