第04話 左手のリング
「今日は、付き合ってくれて、ありがとねー」
「弁当の礼だ」
もうすぐ、午後五時。
水着を買う。
目的は決まっていたはずなのに、ウィンドウショッピングをだらだらと付き合わされた。
「映画、よかったねー」
「お前、泣いてたな」
「もーーっ! そういうのは、黙っておくものだよ」
見たくもない映画まで鑑賞させられた。
ありきたりなラブストーリーで、つまらない内容だった。
「お前は元気だな」
「今日、楽しくなかった?」
「……普通?」
「むぅーー……。」
早く家に帰り、昨日届いた新作ゲームで遊びたかった。
俺の家は、神社の大鳥居の右手奥にある。
だが俺は、名香に続いて大鳥居をくぐる。
「そう言えば、兄弟を見かけないな
お前が、この神社の跡継ぎなのか?」
「うん、一人っ子だよ。
でも、跡継ぎというより、もう継いでいるけどね」
この日本では、妙にねじ曲がったレディーファーストの文化がある。
ここで『じゃあな』と言い残し、自宅へ向かうことはできない。
学校とは狭い社会であり、女子どもが実質的な権力を握っている。
名香を自宅まで送らずに帰れば、俺の評判が落ちるのは目に見えている。
「……うん? ここの神主は、お前の母親だろ?
この前、神事をやっているのを見かけたぞ?」
「まあ、世間的にはね。御由緒は読んだ?」
その評判自体は気にしていない。
しかし、これが実に厄介だ。
学校生活を送るうえで、様々な弊害が出てくる。
実際、中学二年のとき、告白を『興味ない』の一言で断り、しばらく散々な目にあった。
「ああ、あの看板だろ?」
「実は、続きがあるんだよ」
「ふっ……。どうせ、無理難題を押し付けられたってところか?」
「大正解!」
ただ、疑問がある。
なぜ名香は、大鳥居の左に伸びる道を選ばず、あえて参道を進んだのか。
参道を通る道のりは、無駄に疲れる。
普段は、大鳥居の左に伸びる道を使っているはずだ。
「女神様は……。あっ、名香権現様のことね。
疫病を治す代わりに、当時の神主に契約を求めたの」
石階段を上りながら、名香の話に耳を傾ける。
神を名乗るやつらは好かない。
だが、どの世界の神話も、面白いものだ。
人間の愚かさと滑稽さを知ると同時に、神の悪辣さも知る。
そのたびに、俺の反逆心は確かなものになっていく。
「契約? ……呪い、だろ?」
ニヤリと笑いながら俺が訂正を入れると、名香が跳ねるように振り返った。
「すごい! また大正解!」
「くっくっ……。神と名乗るやつらは、いつもそうなんだよ」
嬉しそうな笑顔。
神社の娘にしては染まりきっていないところが、気に入った。
俺が肩を震わすと、名香は再び歩き出し、その背中を追う。
「契約の内容は、こう……。
この地を救う代わりに、お前の一族も世界を救え」
「んっ!?」
名香の言葉に引っかかりを覚え、思わず眉を跳ねさせる。
足下に気を配っていた視線を、階段の上へと持ち上げる。
「……で、ここでのポイントは一族ね。
子々孫々ってことになるから、女がいないと始まらない。
だから、神主の第一子は必ず娘が生まれる定めなの」
濃いピンクの、贅を凝らしたレース。
女子高生としては、やけに気合いの入った下着が覗いていた。
「そして、その娘は初潮を迎えたとき、契約に縛られる。
何度も世界を守る旅に出て、娘が子どもを産むまで、それは続く……。」
しかし、問題はそこではない。
名香が、前世の俺を殺した女勇者と結びつく可能性が、ぐんと上がった。
「お前、やはり……。」
どう問うべきか。
それを悩んでいるうちに、階段を上り終えた名香が、俺を待っていた。
「はい、手を出して?」
「あん?」
不意をつかれ、言われるがままに、右手を差し出す。
名香は一瞬その手を見て、すぐに小さく首を振った。
「違う! 左手!」
「……何なんだ?」
訝しみながら、俺は右手を引っ込め、今度は左手を差し出す。
「二度も大正解した国守君に、賞品の贈呈です!」
名香は俺の左手を取り、薬指にシルバーのリングを通した。
そういえば、昼間のウィンドウショッピングで、名香が雑貨屋の中で熱心に見ていた光景を思い出す。
だが、左手の薬指に指輪。
この世界におけるその意味を、知らない俺ではない。
「おい、勝手なことを……。」
非難に眉を寄せるよりも早く、名香は自分の左手をこちらに向けて見せた。
「ほら、おそろいだね!」
嬉しそうに、にこりと微笑んだ




