第03話 弁当と女勇者
「はい、お弁当!」
「あん?」
女勇者が差し出す包みを受け取り、昇降口に並ぶ下駄箱の前で別れる。
一週間が過ぎた。
どういうわけか、女勇者はぐいぐいと俺に迫ってきた。
街の案内に始まり、一緒の登下校。
昼休みは、俺の教室へ来て、昼食に誘う。
しかも、俺が母親から毎朝500円を渡され、昼はパンで済ませていると知ると、今日は弁当まで用意してきた。
「昨日、約束したでしょ?」
「……そうだったか?」
「だったの! じゃあね!」
昨日、別れ際に言っていたのを、たった今思い出した。
実際に渡されると、戸惑うしかない。
「おい、国守! どういうことだ!」
「そうだ、そうだ!」
「家が隣同士だっていうから、一緒に登下校するのは許した!」
「百歩譲って、昼飯を一緒に食べるのもな!」
「だけど、弁当まで作ってくるなんて!」
クラスメイトの男どもが寄ってきた。
この世界で生きていくうえで、多少の人付き合いは許容している。
だが、こいつらは鬱陶しかった。
女勇者の行動ひとつで、ピーチクパーチクとうるさい。
「どうして、あんな無愛想が!」
「なぜだ! なぜ、あの名香先輩が!」
「俺なんて、告白したら鼻で笑われたんだぞ!」
「何っ!? お前もか!」
「実は、俺もだ!」
「さすが、撃墜王! 恐ろしいや、名香先輩!」
本当にうるさい。
俺は取り合わず、そのまま教室へ向かう。
「まあ、少し分かるような気がする」
「だよねー……。」
「国守君って、他の男子みたいにガツガツしてないもんね」
「スケベな目で見たりもしないしさー」
「うんうん。クールで、ちょっと格好いいよね」
クラスメイトの女どもが、ひそひそと囁き合う。
俺は素知らぬふりを決め込みながらも、異性に褒められて嬉しくないはずがなかった。
だが、女どもの評は当然だ。
女に興味津々だった時期は、とうに終えている。
それこそ、『魔王』の冠を得てからは、女のほうから寄ってきた。
今では興味どころか、関心すら起こらない。
面倒なだけだった。
「おはよう」
教室に入り、まず挨拶を済ませる。
「あっ!? は、はい! ……お、おはようございます!」
出入口の扉そばの席に座る眼鏡の女子は、いつも俺よりも先にいる。
朝と夕の挨拶のたび、決まって身体をビクッと震わせる。
不思議に思いながら、自分の席へ向かった。
******
「ねえ、どうだった? 美味しかった?」
「普通だな」
昼休み、コの字型の校舎の中庭。
校舎から数多の視線を感じながらも、女勇者とベンチで昼食を共にした。
女勇者、名香柚葉。
俺より一つ年上の、高校二年生だ。
容姿は、多人数アイドルグループの一人といっても疑わないほど。
そのせいか、学校内で一、二を争う人気が男子どもの中にあった。
成績優秀で、スポーツも万能。
人柄も良く、教師の連中からも好かれている。
次期生徒会選挙で、生徒会長に立候補したら、当選確実とも言われている。
「もーーっ! 国守君、酷い!」
「弁当に必要なのは、美味さじゃない。飽きのなさだ」
「じゃあ、合格ってこと?」
「……そうとも言う」
「やった! 朝、五時に起きたかいがあった!」
名香が柏手を打ち、にこりと微笑む。
もう少し褒めてやっても、よかったかもしれない。
だが、俺は油断しない。
こいつは、女勇者だ。
過去に殺し合った相手が、平然と接してくる。
一度は他人の空似を疑ったが、やはり間違いない。
「無理に作る必要はないぞ」
「大丈夫、大丈夫。
一つ作るのも、二つ作るのも一緒だからね」
「材料費はかかるだろう。
500円までなら出せる。遠慮なく請求しろ」
俺は、随分前の人生で、自分がいわゆる『転生』を繰り返していると気付いた。
その時から、自分自身に『黄泉の法』と銘打った魔法を施し、記憶の保持と継承を行っている。
それは、人が最も死にやすい幼少期を終え、肉体が完成へと向かう思春期に入る頃を境に始まる。
一夜ごとに夢の形で、過去を追体験するのだ。
「それも、大丈夫!
国守君のお母さんに貰っているから!」
「いつの間に……。聞いてないぞ」
「驚かせたかったんだもん!」
「むう……。」
そして、最前世を知り終えたのが、この街に引っ越しする前日。
つまり、俺にとっては、名香に殺されたのはつい一週間前の出来事に過ぎない。
見間違えなど、あり得ない。
名香は何らかの企みを持って、俺に近づいているのではないかと疑っていた。
「じゃあさ」
「あん?」
「どうしても、心苦しいって言うなら……。」
「言うなら?」
「明日の土曜、暇?
買い物に付き合ってくれない?」
「……買い物?」
「うん。新しい水着、欲しいんだよね」
それを知るためにも、面倒事でも応じるしかない。
本音では、買い物に付き合うなど願い下げだ。
今日は新作の三国志を題材にした無双系のゲームの発売日。
半年前にネット予約したソフトが、すでに自宅に届いているはずだ。
今夜から日曜の夜まで、夜更かし覚悟で遊び倒す予定だった。
とても残念だが、仕方がない。
「まあ、いいだろう」
「やった! 約束だよ!」
「ああ……。」
渋々と頷くと、名香は嬉しそうに、ぴょんと跳ねるようにベンチから立ち上がった。
「じゃあ、駅に九時で待ち合わせね!」
「……家から一緒に行けばいいだろうが?」
だが、なぜ無駄な手間をかける。
俺たちは家が隣同士だ。
この一週間と同じように、朝に呼びに来ればそれで済む。
「もーーっ! 駅に九時! 約束だからね!」
「分かった、分かった。駅に九時な」
名香は唇を尖らせながら走り去った。
明日は新作ゲームで思う存分遊べない。
そう思い、溜息をついた、その瞬間。
「国守ぃっ! どういうことだあああっ!」
「水着って、何だあああっ!」
「一緒にプールへ行く予定でもあるのか! ちくしょおおおっ!」
すぐ近くの垣根の中から、男子どもが駆け寄ってきた。
頭や身体に葉っぱをつけ、膝は土で汚れている。
その内の一人が、不敬にも俺の襟首を掴んで揺する。
「……お前ら、そこで昼を食べていたのか?」
怒りよりも、呆れが先に立つ。
思わず顔が引きつった。




