第02話 振り返れば、そこに因縁
「名香……。なか、と読むのか?
田舎には不釣り合いなほど、大きい神社だな」
菓子折りが入った紙袋を下げ、大鳥居の下に立つ。
目的は、引っ越しのご挨拶だ。
俺はPCの戦国時代シミュレーションゲームを楽しみたかったが、母親に『行け』と言われた。
今夜、寿司を食うためには仕方がなかった。
「ふぅん……。魔力を感じる。
きちんと手入れをされている証拠だな」
左右には見上げるほど高い杉林。
落ち葉がない掃き清められた石畳の参道を歩いていく。
俺は、魔王だ。
より正確にいうなら、転生を繰り返す都度、その世界を七度支配した元魔王だ。
その魔王の今生の名前が、国守英雄。
しかも、父は現役自衛官、母は元警察官。
国を守るエリート中のエリートから生まれたときた。
最高に笑える冗談としか思えない。
「ふん……。
神など、最初に悪を作った下らんやつだ」
俺が呼べば、百万の死の軍勢が現れる。
一言で、都市は消し飛ぶ。
世界など、いくらでも塗り替えられる。
「ほう、冷たいな。
沢から水を引いた手水舎とは……。なかなかやるな」
しかし、今生ではやらない。
この世界は魔法が廃れ、科学が発達した稀有な世界だ。
社会も政治も法律も、すべてが高度に整っている。
こんな世界は初めてだ。
「看板……。御由緒か」
「なになに……。
疫病が流行り、それを治めたのが、名香権現だと?」
「馬鹿め! それが神の手口なのだ!」
「奇跡の裏には必ず代償がある!」
だから、今生は学ぶと決めた。
今生で得たものは、次の支配で大いに役立つはずだ。
幾度もあった前世のように、『勇者』などという下らない存在に、負けてたまるか。
愚民どもが『勇者』を求めるのではなく、『魔王』の支配を望む世界を創ってやる。
「……古いが、立派だ。
この地に根付いた信仰心だけは認めてやろう」
神社特有の急な石段を上ると、本殿があった。
用いられている木材は灰色に染まり、年季を感じさせる。
だが、神を拝む必要などない。
左右を見渡すと、右手側に神楽殿があり、左手側に相撲の土俵がある。
そして、土俵の奥に続く砂利の道があり、その先に家屋があった。
「不便なところに住んでいるな……。」
「だが、まあ……。神職とはそういうものか」
砂利を踏み鳴らして進む。
神社の奥、右に見える杉林はどこまでも広がっており、その奥は暗い。
「……騙された」
家屋に着いて、愕然とした。
家屋の隣にアスファルトで舗装された道があり、車が停まっていた。
おそらく、大鳥居から伸びていた道と緩やかな坂で繋がっているのだろう。
つまり、俺は急な階段を上り、歩きにくい砂利道を歩き、無駄に疲れさせられたわけだ。
「ちっ……。」
思わず舌打ちを鳴らす。
古い二階建ての家。
玄関のインターホンを押しても、うんともすんとも言わない。
苛立ちに任せて連打するが、結果は同じ。
「ごめんくださーい」
玄関の引き戸を開けて呼ぶ。
だが、応答はない。
家の中はシーンと静まり返っている。
「ごめんくださーい!」
もう一度繰り返してみるが、静寂しか返ってこない。
「留守なのに、鍵をかけていないって、どういうことだ。
……ごめんくださーい! 隣に引っ越してきた国守でーす!」
家に戻って、また訪れる二度手間は嫌だ。
上がり口まで進み、両手を口の端に添えて叫ぶ。
一呼吸、二呼吸、三呼吸。
俺なりに待ってみたが、やはり無音しか返ってこない。
「くそっ! もういい!
引っ越し挨拶の菓子は、俺がいただいてやる!」
振り向いて踵を返す。
玄関の敷居を跨ごうとした、その時だった。
「あっ!?」
「えっ!?」
前世の俺を殺した、女勇者が目の前にいた。
即座に玄関の戸を勢いよく閉める。
「……えっ!?」
右手で両こめかみを押さえながら、今さっきの光景を思い出す。
長い黒髪に、理知的な瞳。
紺のブレザーに赤いリボンタイ、灰色のミニプリーツスカート。
間違いない。
前世の俺の胸に、剣をぶっ刺した女勇者だ。
「あの……。ここ、私の家なんですけど?」
「あっ、はい」
思わず右足を後ろに退くと、玄関の戸がゆっくりと開いた。
やっぱり、あの女勇者だった。




