第01話 魔王は動じない
「……止めろ」
けたたましいサイレンで、叩き起こされた。
目を開けると、スケルトンが俺の肩を揺すり、テレビを指さしていた。
『……が、弾道ミサイルとみられる飛行体を発射しました』
封の切られていない段ボールが積まれたリビング。
どうやら引っ越し作業の疲れから、いつの間にかうとうとしてしまったらしい。
手をひとつ振る。
「問題ない。作業を続けろ」
スケルトンは、ぴたりと動きを止め、何事もなかったかのように、荷物の運搬に戻った。
『発表によりますと、飛行体はおよそ三分後、青森県上空を通過する見込みです』
国営放送のアナウンサーにしては、少し焦った早口の声。
ちょっと休憩でつけていたテレビが、そのままだったか。
「ふーん……。」
三人掛けのソファーの背もたれに両手を乗せ、足を組む。
『その後、沖より250キロ離れた、排他的経済水域内に落下すると推定されています』
鼻で笑う。
「いつもより張り切っているじゃないか」
耳障りなアラームは、まだ鳴り止まない。
そこに、外の警報が加わった。
スケルトンが段ボールを持ち上げようとする体勢のまま、天井を見上げる。
『市から、お伝えします。
政府より、避難準備、および高齢者等の避難開始指示が発令されました。
有事に備え、落ち着いて行動してください。……繰り返します』
放送が一巡するのを待ち、スケルトンは黒い眼窩を向け、カタカタと顎を鳴らした。
再び手を力なく振る。
「……気にするな。
どうせ、『遺憾の意』で終わりだ」
一呼吸の間。
スケルトンは段ボールの運搬作業に戻った。
ここは日本海に面した地方だが、現場からは遠い。
それでも、日本全体が右往左往しているのが、はっきりと伝わってくる。
俺は肩を震わせながら考える。
「くっくっくっ……。
今、東京のど真ん中に隕石を落としたら、どうなるかな?」
軽く首を傾げる。
もっと『効率的』な手段はないかと探る。
「いや、ドラゴンを召喚して暴れさせるのも面白そうだ」
目の前に持ってきた右手で、中指と親指を弾く。
ぱちり、と乾いた音。
人差し指の先に、ライター程度の炎が灯った。
揺れる橙の火を、しばし眺める。
「まっ……。やらんけどな」
自嘲気味に呟き、小さくふっと息を吐く。
炎が消えた、その直後だった。
玄関の引き戸が、ガラガラガラと勢いよく開く音が届いた。
「ヒデ! ヒデ、ヒデ、ヒデっ!」
廊下をドタドタと駆ける足音が、一直線にこちらへ近づいてくる。
今一度、背もたれに両手を乗せ、ゆっくりと体重を預ける。
「……還れ」
ぱちりと鳴らす。
スケルトンが一瞬で、闇の粒子となって消える。
最後に、わずかに顎が鳴った気がした。
「また呼ぶ。安心しろ」
わざわざ振り返るまでもない。
母親だ。
「落ち着け」
「いやいや、あなたは少し慌てなさい。
子どもの頃から、度胸が座り過ぎなのよ」
呆れたような声が返る。
眉を寄せて振り向くと、母親は両手を腰に当て、苦笑を浮かべていた。
「この程度で慌てるようなやつこそ、真っ先に死ぬものだ」
「達観しすぎ……。誰に似たのかしらね」
そしてテーブルまで進み出ると、リモコンを手に取り、チャンネルを次々と切り替えていく。
どこも同じ内容を放送している。
違うのは、映っているアナウンサーの顔くらいだった。
「むしろ、元警視の警察官がこの程度で慌てるのはどうなんだ?」
「むっ……。」
母親は一瞬、言い返す言葉を探すように視線を逸らした。
「この様子だと、お父さんは今夜帰ってこれそうにないわね」
一拍の間を置き、あからさまに話題を変えた。
「まあ、名誉ある自衛隊の連隊長様だからな」
俺の勝ちだ。
ニヤリと、笑みを浮かべた。
「せっかく、引っ越しのお祝いに、お寿司を取ろうと思ったのに……。」
「……分かっていると思うが、さび抜きで頼む」
「ぷっ!? そういうところは、まだまだ子どもね」
しかし、痛烈な逆撃を喰らってしまう。
今生の母親とはいえど、『魔王』たるこの俺に対して、なんたる不遜か。
「やかましいわ!」
顔が羞恥に赤くなるのを自覚しながら、思わず怒鳴り声を上げた。




