第42話 宴の果てに
「だるまさんが転んだ!
だるまさんが転んだ!
だぁ~るまさんが転んだっ!」
陽は沈み、頭上は満天の星空。
鍋奉行ならぬ、金網奉行と化したボリス。
仁王立ちし、ひとつひとつの焼き色を、まるで戦況でも読むかのように見極める。
焦げ目のついた瞬間、迷いなくトングが走り、具材が裏返されてゆく。
「かんぱぁーーい!」
「かんぱぁーーい!」
寄せては返す波の音に混じって、もう何度目かわからない歓声が上がる。
プルタブを開ける音が次々と重なり、炭酸の泡が夜気に散る。
戦いの余韻をそのまま持ち寄ったような喧騒が、そこにはあった。
戦勝会だ。
「お嬢、焼けたぞ! 肉だ! 肉!
野菜ばっかり食ってないで、肉を食え!」
「……肉、嫌い」
俺的には、邪魔が入った時点で勝負は壊れた。
あれは負けに等しい。
あの女は退けた。帰還者も確保した。
その『結果』だけを切り取り、帰還者対策室は大勝利と謳った。
「ヒデ、ヒデ、ヒデ!」
「あん?」
「にゃーん!
どうどう、可愛い? 猫耳、着けてみたよ!」
「ウマな娘を無礼るなよ。……失せろ」
「ていっ!」
「ぐえっ!?」
聞けば、あの女にはこれまで何度も苦渋を舐めさせられていたらしい。
今、世界の一部地域で続く戦争も、あの女の暗躍が絡み、なお止められずにいるという。
その影響は、世界中に波及している。
それだけに、今回の『大勝利』は希望とすら言えた。
ならば、その程度の歓びを邪魔するのは無粋だろう。
俺はその『大勝利』を受け入れた。
「おっ!? 国守の兄貴も、ウマな娘をやってるんすか?」
「ほう……。お前もか。どれ、見せてみろ」
「これっす、これ! あたしのID!」
「なにっ……。き、貴様が俺のサークルリーダーだとっ!?」
「えっ!? マジすか!」
当初、戦勝会の参加者は参戦者だけだった。
それが次第に全国から人が集まり、この大所帯へと膨れ上がっていった。
北は北海道から海の幸が届き、南は沖縄からアグー豚が丸ごと持ち込まれる。
帰還者対策室の面々は、いつの間にかその中心で宴を仕切っていた。
「はっはっはっ! ヒデ、飲んでるか!」
「父さん、飲みすぎだ……。」
「いいじゃないか! めでたいんだし!」
「だったら、あいつらも何とかしてやれ」
「ああ……。まあ、そうだな。うーーーん……。」
おかげで、門から現れた新たな帰還者たちは、すっかり影が薄い。
バーベキュー会場の隅で固まり、黙々と食べて、飲む。
笑い声の輪には入れず、ただ場違いなまま取り残されていた。
だが、それも当然といえる。
あいつらは、つい先ほどまで異世界で魔王と戦い、勝利したばかりだ。
ようやく故郷に帰れると喜びに浸っていたところへ、それ以上にはしゃぐ連中を見せつけられれば、戸惑いもする。
「ねえ、ヒデ」
「今度は何だ?」
「ほら、あの子ってさ……。」
「お前、今更気づいたのか? 冷たいやつだ」
そして、その帰還者たちに、俺は見覚えがあった。
夏休み前に渡った異世界。
人間同士の戦争が三十年続く裏で、最大宗教が闇に堕ちた世界。
柚葉との勇者業で、過去最長となる二十六年を費やすことになった世界。
そこに召喚された勇者たちと、その血を引く、息子や娘たちだ。
「えっ!? だって、あんなに暗かった?」
「お前の前では、陽気に振る舞っていただけだ」
「そうなんだ? ちょっと行ってくる」
「馬鹿、止せ」
「どうして?」
相変わらず、神というものは悪辣というしかない。
勇者同士で結ばれた者たちはいい。
だが、異世界の者と結ばれた者は、引き離された。
会いたいと願っても、もう二度と会えない。
さらに、異世界で死んだ者は、その当時の姿を保っている。
生き続けたパートナーは年齢を重ね、子が自分より年上の者もいる。
今後、まともな関係でいられるはずがない。
「今は、母親が生きているんだ。
お前が出ていけば、あの女の立場がないだろ?」
「……そっか」
「他人のふりをしろ」
その内の一人に、俺と柚葉は強い縁があった。
ある女勇者が、吸血鬼の男と恋に落ち、子を産んだ。
だが裏切り者の烙印を押され、二人は滅ぼされた。
その子は、人間にも魔族にも受け入れられず、排斥された。
俺と柚葉は、子どもに恵まれていない。
止めろと強く言ったが、柚葉は聞かず、その子を拾って育てた。
「あっ!? こっちに来た! どうしよう!」
「知らん」
やるからには、厳しく育てた。
勇者と吸血鬼の血は、十分すぎる素質だった。
柚葉やラヴィニアには遠く及ばない。
ボリスくらいは強くなった。
二世代目の勇者たちの中では、最も可愛く、最も強いと思っている。
どこへ出しても恥ずかしくない勇者だ。
「ち、父上! ま、また会えて、嬉しいです!」
一度は今生の別れを交わした娘が、涙をこぼしながら駆け寄り、縋るように抱きついてきた。
「……愚か者が」
「あれ? お母さんには何もなし?」
俺は大きく息を吐き、その頭を撫でる。
隣では柚葉が両手を広げたまま、取り残されていた。




