第41話 未完の暴風
「さて、待たせたな」
「……いえ」
女は微動だにしない。
視線だけがこちらを捉えていた。
ただ、柚葉のせいで、微妙な空気になっている。
こちらに非がある以上、条件を譲るのは当然だ。
「空と地上、どちらが好みだ?」
「空で」
女は大地を蹴り、俺と同じ高さへと舞い上がった。
「では、開幕だ」
剣が得手なら、魔法も得手か。
分類すれば、同じ魔剣士。
ますます面白い。
「シルバーウルフよ!」
パチリ、と指を鳴らす。
周囲に開いた数多の孔から、銀の群れが空を削るように駆ける。
「サラマンダー!」
女が左腕を水平に伸ばす。
数多の深淵が覗き、炎が大気を焦がしながら迎え撃った。
銀が炎に噛みつき、炎が銀を飲み込む。
互いに削り合いながら崩壊していく。
「はっはっはっ! 質も量も申し分ない!
お前ほどのやつは久々だ!」
火花と残滓の中を翔び、間合いを詰める。
突けば払われ、薙げば受けられる。
すべての動きが、すでに見切られていた。
「ありがとうございます。
あなたもお強いですね。驚きました」
気分が乗ってきた。
笑みを描いた仮面を叩き割り、その奥を覗いてみたい。
「死穢連斬!」
剣を走らせ、空間に幾何学を刻む。
三角の連なりに呪いが沈み込み、女との間に闇が広がっていく。
「清魂連舞!」
女は突き、引き、また突く。
八つの軌跡が円を描き、九点目が中心を貫く。
光が溢れ、闇は崩壊した。
「ほう、対応力もあるか」
「ちょっとヒヤッとしました」
衝突の余波に、互いの間合いが大きく開く。
心が湧き、身体が猛る。
組み敷き、貫いた瞬間、どんな『音』を奏でるのか。
想像だけで、血が騒ぐ。
「次はデカいのだ。お前も用意しろ」
俺はニヤリと笑い、指をパチリと鳴らす。
「分かりました」
女は頷き、左腕を水平に伸ばした。
「荒れ狂う大気の奔流、制御なき暴風の理よ!」
「天と地を繋ぐ回転する風の牙よ!」
詠唱の韻で、即座に悟る。
面白い。
互いに選んだのは、同じ風属性だった。
風が背を押し潰すように強さを増す。
だが、女の髪だけが、逆流する風の中でこちらへ靡いていた。
「十重二十重に拡散し、全ての存在を切り刻め!」
「渦を巻き上げ、全てを内へと引きずり込め!」
空気が刃のように軋み、地上の砂が引き剥がされるように舞い上がる。
二つの風がぶつかり合い、圧縮された大気がプラズマ化し、発光と放電を撒き散らす。
「逃走も堅牢も意味を失え!」
「逃れ得ぬ回転の中で砕け散れ!」
準備は整った。
あとは最後のワードを放つだけ。
おそらく、それは女も同じ。
同時に息を吸った、その瞬間だった。
「なっ!?」
「えっ!?」
俺の横を光弾が突き抜け、女へと襲いかかる。
爆煙があがった。
方向と角度から、柚葉とラヴィニアではない。
振り向くと、帰還者対策室の連中だった。
「ちっ……。」
全員の魔力を一人に束ね、遥か後方から放たれた超長距離狙撃。
その隣でボリスが、軽く頭を下げて手を合わせている。
謝るくらいなら、身体を張ってでも止めろ。
「興が冷めた。……行け」
「よろしいのですか?」
女は無傷のまま、そこに立っていた。
当然だ。
あの程度の攻撃で、この女が墜ちるはずがない。
「そっちも、あのレッドとやらがそろそろ戻ってくる頃だろ?」
「……ですね。邪魔でしかないのですけど」
「勝負は預けておく」
「ええ、いずれまた」
顎をしゃくると、女は去っていった。
空気がゆっくりと緩んでいく。
先ほどまで張り詰めていた殺気が嘘のように消える。
胸の内にまだ燻る高揚を感じていた。
「さて……。何が出てくるかな?
馳走のあとだ、退屈なのは勘弁してくれよ?」
ようやく、天の『門』が閉じ始める。
その中から、人の輪郭が浮かび上がっていく。




