第40話 曇天の筆頭
「くっくっくっ……。いるじゃないか!
この世界にも、見るに足る敵がな! 褒めてやろう!」
「あっ、どうも。嬉しいです」
俺が称えると、女は頭を下げた。
柚葉に向けていた剣を、わざわざ下ろして。
過去、何度も敵に称賛を送ってきた。
だが、ここまで素直に受け取る相手はいない。
調子が狂う。
余裕と見るべきか。
「あん? 今度は何だ?」
「ヒデ、逃げろ! グレイだ!」
スマホが鳴った。
ビーチパーカーのポケットに手を伸ばすより早く、焦燥を含んだ声がスピーカー越しに響いた。
「……宇宙人か?」
「違う! 曇天監査七席の筆頭と推測されるやつだ!
協力者を何人も倒している。今度こそ逃げろ!」
とぼけてみせると、即座に怒鳴り声が返ってきた。
「解説、ありがとう」
「馬鹿! 冗談を言ってる場合じゃ……。」
それが、不意に途切れる。
直前、女が天へと掲げた剣先から光点が放たれていた。
天空の遥か先にある衛星が落とされたのだろう。
戦場と後方を繋ぐ通信は、断たれたと見るべきだ。
「……ほう」
姿を晒さず、痕跡も残さない。
父親は女を最高幹部の筆頭と言っていたが、それに相応しい戦略だ。
称賛は期待へと変わり、胸の奥が踊る。
「柚葉、下がれ」
三人がかりは、もったいない。
馳走は一人で味わうべきだ。
「えっ!? いいの? かなり強いよ?」
地上の柚葉が、戸惑い混じりに声を上げた。
ここで駄々をこねられては困る。
少しくらい、サービスしてやるか。
「ふっ……。お前の男を信じろ」
熱のこもった視線を投げ、余裕の笑みを浮かべる。
「や、やばっ……。す、すごいドキッとしちゃった」
柚葉は身体をビクッと震わせ、胸元を押さえた。
それでも視線は女から外さないまま、バックステップを何度も刻み、戦場から離脱する。
「ラヴィニア、剣を使う」
両腕を広げる。
正面に立つラヴィニアが、わずかに眉を寄せてこちらを振り向いた。
「……それほどの相手ですか?」
「余興だ。さあ、来い」
軽く両手を揺らす。
「承知しました」
ラヴィニアは小さく息を吐く。
錫杖を虚空へと収めたあと、身を寄せ、俺の腕の中に収まる。
「我が花よ!」
ラヴィニアの腰を左手で抱き寄せ、掲げた右手で指を鳴らす。
ラヴィニアは仰け反り、胸元が裂けて鮮血が飛び散った。
「茨の内より怨嗟を吐き出せ!」
その裂け目から、ゆっくりと剣の柄がせり上がってくる。
それを握った瞬間、茨の蔦が右手に巻き付き、引き戻そうとする。
「世界を呪い、神すら殺せ!」
剣を無理やり引き抜く。
ブチリ、と蔓が千切れる。
ラヴィニアの身体が跳ねるように震え、鮮血が噴き上がる。
「さて、待たせたな」
「いえ……。」
この剣を使うのは、いつ以来か。
掲げられた剣から闇が立ち昇り、刀身はその奥に沈んで見えない。
普通なら、これを見ただけで心は縛られる。
だが女は、そよ風のようにそれを受け流した。
心の奥がぞくぞくと震え、熱が一気に跳ね上がる。
「それ、禁止! なし、なし、なし!
我が花とか、むかつく! やるなら、私にして!」
次の瞬間、その熱は一気に冷やされた。
わざわざ足元まで戻ってきて、地上で怒鳴り散らす柚葉に、思わずため息が漏れる。
「……ラヴィニア」
「ふふっ、承知しました」
即座に、我が臣下は応じる。
「こら、放せ! 調子に乗るな!」
「魔王様の花は私だ。小娘は黙っていろ」
ラヴィニアは急降下し、柚葉を強引に抱えると、そのまま戦場を離脱した。




