第37話 遊びにもならない
「あれだな」
広大な森の中、光の柱が空へと伸びていた。
勇者が異世界より帰還する現象、『門』の予兆だ。
「今までのより、でかくないか?」
空を翔ぶ俺の両手にぶら下がるボリス。
その言葉で、予備知識がつながる。
「還ってくる人数が多いほど、大きくなるらしい」
光の柱の膨張は、止まる気配を見せない。
過去に経験した八人が帰還した門より遥かに大きい。
二十、三十は確実に超える。
いや、それ以前にこんな異常をどう誤魔化す。
ここは関東だ。
俺たちが住む北陸以上に、人の目は多い。
「うわっ……。面倒くせ」
「それは出方次第だ。あとは知らん」
だが、その辺りの雑事は、俺に関係ない。
帰還者対策室は、あのドラゴンなクエスト5のリメイクすら現実にしてしまう連中だ。
対応策くらいは、常に織り込み済みだろう。
それでも、考えてしまう。
ここは田舎寄りだが、都心のど真ん中ならどうするのかと。
「おっ!? もうやり始めてるな」
激突する衝撃音がいくつも響く。
元勇者同士の戦い。
一方は帰還者対策室。
もう一方は、忘れた。
力こそが正義。
今の秩序を壊したがる連中だ。
ざっと見て、双方で合わせて二十人近い。
この短時間でこの数は、北陸ではあり得ない。
「よし、一発デカいのをぶっ放すか」
心が踊る。
俺の目にかなうやつが、一人はいるだろう。
「待てって! 敵味方もよくわかってないだろ!」
しかし、水を差す無粋なやつが、すぐ下にいた。
ボリスはラヴィニアの従者だけあって、腕は立つ。
肉弾主体の超近接特化。
相性は出るが、並の勇者程度ならゴリ押せる。
だが、その戦闘スタイルに反して、慎重すぎるのが頂けない。
「ただの小手調べ。死ぬならそれまでだ」
「せめて、火は止めろ! 大火事になるぞ!」
「うるさいやつめ」
面倒なので、空中で急制動をかけ、ボリスを手放す。
慣性の法則に従い、ボリスは勝手に戦場へと飛んでいく。
「いいか! 絶対に火は止めろよーー!」
叫びだけはきっちり届き、俺は呆れて息を吐いた。
******
「集え、雷雲よ!」
両手を掲げ、指を同時にぱちりと鳴らす。
「北陸方面帰還者対策室だ!」
灰色の雲が、空を巻き込むように渦を作る。
雲の内側で光が蠢き、雷の奔流が形を成し始める。
「裂け、迸れ、降り注げ!」
雷鳴が轟く。
閃光が奔り、世界を焼く。
豪雨が叩きつけるように降り注ぐ。
空気そのものが震え、地表が低く唸りを上げる。
「超デカいのが来る!」
掲げた両手の人差し指と親指で三角を描き、静かに下ろす。
「万雷は今、すべてを穿つ!」
腕を前後に動かし、三角の内側に戦場を収める。
その瞬間、空間そのものが『枠』として固定され、外界から切り離されたように歪んだ。
「味方は手を上げろ!」
準備は整った。
あとは、言うだけだ。
「サンダー・バラージ!」
無数の雷が三角の内側へと叩きつけるように降り注いだ。
一撃ごとに地面が抉れ、光と轟音が連鎖する。
「多分、外してくれる!」
ボリスも中にいるが、問題ない。
あいつは頑丈だ。
「はっはっはっ! 頼むから、一人くらいは残ってくれよ!」
雷雲が飛び散り、青空が戻る。
俺は高らかに笑った。
******
「おら、おらおらっ!」
真っ裸のボリスが拳で敵と打ち合う。
紫のブーメランパンツの水着は、雷で消し飛んだらしい。
だが、人狼化したやつの体は、鋼の体毛に覆われている。
隠すものは、ない。
「くそっ……。こんな奴ら、聞いてないぞ!」
敵も味方も、明らかに消耗が激しい。
撤退するわけでもなく、ただ戦場から距離を取っていく。
残ったのは二人。
ボリスと、敵の殿。
俺が出るまでもない。
実に、つまらん。
少しは期待したのが、馬鹿らしい。
「お疲れ様です。魔王様」
「あれ? もう終わっちゃった?」
空中に浮かぶ俺の隣へ、ラヴィニアが飛び込んでくる。
その腕の中には柚葉がいた。
急いでくる必要もなかった。
いつも通り、柚葉を超高度から落下させるだけで十分だった。
「……帰るか」
ボリスは戦っているし、門も開いていない。
それでも、興味は失せた。
「待て、待て! 俺を置いていくな!」
ボリスがこちらに気づき、叫びを上げる。
心配は要らない。
腹が減れば、あいつは勝手に帰ってくる。
早く帰って、ゲームがしたい。
ラヴィニアに目線を投げ、帰ろうとした、その瞬間。
「むっ!?」
急接近する巨大な気配。
柚葉とラヴィニアも同時に反応し、目を見開いた。
「下ろして!」
柚葉は単独で空中に留まれない。
不利を悟り、地上戦を選ぶ。
ラヴィニアが応じ、柚葉から手を離す。
「慌てるな」
俺は、虚空へと手を伸ばす。
そもそも俺達は旅行先のビーチから来た。
俺とラヴィニアは魔法という手段を持つが、柚葉は素手だ。
「……受け取れ」
深淵から引き抜いた剣を、落下する柚葉へ投げ放つ。
「ありがとう!」
剣が大地に突き刺さる。
柚葉が着地し、そのまま剣を抜いた。
「……来ます」
ラヴィニアが黒の錫杖を構え、俺の前に立つ。
俺は頭上を見上げた。
「ほう……。」
バフッ、と空気が弾けるような音。
夏の入道雲を押しのけるように、巨大な影が落下してくる。
「くっはっはっ! レッド様、見参んんんっ!」
現れたのは、黒いドラゴン。
その背に、巨大な大剣を担いだ赤い軍服の男がいた。
明らかに、これまでとは格が違う。
ドラゴンが地上すれすれで静止する。
羽ばたきの風が森を唸らせ、前髪とパーカーの裾が揺れる。
「くっくっくっ……。今度こそ、肩透かしは止めてくれよ?」
高揚する。
腕を組み、思わず歯を見せて笑った。




