第31話 負け犬は狼である
「そら、いくぞ」
「ああっ!? ひでえ!」
画面の中で、配管工が甲羅を投げる。
カートに乗ったキノコ男が、吹き飛んだ。
銀髪の男『ボリス』は身体を仰け反らせ、その方向へコントローラーごと腕を振った。
「負け犬の遠吠えだな」
「お前、俺を犬と言ったな!」
帰宅までの道中、暇つぶしに話を聞いた。
やはり、この世界にもモンスターはいた。
ただ、時代の流れとともに淘汰され、圧倒的少数になっているだけだ。
事実、隣で間抜けな姿を晒しているボリスは、人狼である。
東欧で財と地位を築いたラヴィニアの家と契約を結び、その従者を代々務めているらしい。
「実際、犬だろ?」
「違う! 狼だ! 訂正しろ!」
俺は考える。
この地球は、魔法が廃れ、科学だけが突出した稀有な世界だと思っていた。
だが、俺は変わらず魔法を使えるし、モンスターはいた。
ならば、この地球にも魔王がいるのではないか。
人類とモンスターの均衡が大きく崩れ、世を忍んでいるだけなのではないか。
「ふっ……。よそ見をしている暇があるのか?」
「ああっ!? 落っこちた!」
分からない。
すべては推論にすぎない。
唯一、確かなのは、神への憎悪が新たに芽生えたことだけだ。
この俺を駒のように扱い、嘲笑っていると思うだけで、腸が煮えくり返る。
しかし、今だけは忘れよう。
俺はゲームには真摯に向き合う。
それが矜持だ。相手が格下であろうと、容赦はしない。
「ゴぉぉーーールっ! これで三連勝だ!」
画面の中で、配管工がウィニングランを決める。
思わず、俺は右拳を突き上げた。
「くっ!? もう一回! もう一回、勝負だ!」
「はっはっはっ! いいだろう!
だが、何度やっても結果は変わらんがな!」
ボリスが人差し指を立て、必死にねだる。
絵に描いたような負け惜しみだ。
実に気分がいい。
コントローラーを改めて持ち直した、その時だった。
ここは二階の部屋だというのに、窓が勢いよく開く。
「酷いじゃない! ヒデ!」
「そうです! 置いていくなんて酷すぎです!」
びしょ濡れ、泥まみれの柚葉とラヴィニアだった。
競い合うように部屋へ入ろうとする二人に、右掌を突き出す。
「待て、汚れる。風呂に入ってこい」
窓から、もわりとした熱気が侵入してくる。
せっかくクーラーで冷やされた快適さが台無しだ。
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「はっ!? ……この女がここに住む?
なに、それ……。聞いてないよ?」
名香家に呼ばれての夕食。
ちゅるりと麺を啜れば、夏の到来を感じた。
「えっ!?」
「えっ!?」
柚葉と、その母親が、瞬きしながら顔を見合わせる。
冷やし中華を発明した料理人は、偉大というほかはない。
俺は冬でも食べたいくらいだ。
ただ、俺はラーメン屋のものより、スーパーで売っているものを好む。
このチープな酸っぱさが、実にたまらない。
「先週、言ったでしょ?」
「……言ったっけ?」
しかし、冷やし中華に辛さは必要ない。
皿に添えられていた練りからしを、テレビに夢中のボリスの麺に塗りたくる。
「ぶおっふぉっ!?」
ボリスは盛大にむせた。
鼻が利く人狼だけに、少しきつかったか。
「お前! お前だろ!」
すぐさま襟首を掴まれた。
「言いがかりはよせ。……ぷっ!?」
何食わぬ顔を決め込もうとした。
だが、鼻から麺を垂らすボリスの間抜け面を見て、耐えきれなかった。
「はい、お水」
「すまねえ! お嬢!」
ラヴィニアがくすくすと笑い、コップを差し出す。
それをひったくるように取り、ボリスが喉を鳴らして飲む。
「くっくっくっ……。」
「もうっ、魔王様は今生でも辛いのが駄目なんですね」
肩を震わせながら、麺を啜り、舌鼓を打つ。
「むっ!? どうした?」
だが、至福の時を邪魔するやつがいた。
バンバンバンッ、とテーブルを叩き、柚葉が勢いよく立ち上がる。
「忘れたに決まってるじゃない!
先週って、私にとっては二十年以上も前だよ!
どうして、この女と一緒に暮らさなくちゃならないの!
あと、いちゃいちゃ禁止!」
一気にまくし立てると、ラヴィニアをびしっと指さした。




