第26話 天秤は、天空の花嫁
「協力してくれ」
「断る」
即答した。
一拍置いて、空気が緩んだ。
父親は目をパチパチと瞬きさせ、眉を寄せた。
「……んっ!?」
「どうした?」
「ヒデ、協力してくれ」
「断る、と言った」
「……なぜだ?」
しつこい。
壁時計に目をやる。
午後八時二十分。
いい加減、ゲームがしたい。
頭の中ではすでにモンスターなハンターの世界に旅立っていた。
負けられないやつがいる。
今日は学校で、レアドロップを自慢された。
明日は、俺が自慢してやる番だ。
「さっき、俺の過去を説明したときに言ったはずだ。
今生は、知識を蓄えるため、平和に暮らすと」
「いや、ここは……。」
ぽかんとしたままの父親が、勢いよく立ち上がった。
「父さん、俺も協力するよ! ……って流れだろ?」
「そんな流れなど……。ない! これっぽっちもな!
そもそも流れとは逆らうものだ! それが魔王だ!」
俺も勢いよく立ち上がる。
父親が、白い目を向けてくる。
「……お前、ゲームがしたいだけだろ?」
「ふっ……。ゲームほど、大事なものはない」
鼻で笑い、言い切る。
我ながら、名言だ。
今のは完全に決まった、と内心で頷いた。
「柚葉ちゃんよりもか?」
しかし、言葉に詰まる。
「あいつは……。仕方ない。二番目にしてやる」
不本意ながら、視線を逸らしてしまった。
自分でも妙に納得しているのが腹立たしい。
「だったら、お前が好きなドラゴンなクエスト」
「んっ!?」
だが、すぐに視線が戻る。
「5だったか?」
「フローラは、俺の嫁!」
目を見開き、右拳を握りしめて見せた。
俺は、ドラゴンなクエストに詳しい。
特に『5』は何度もやり込んでいる。
語ろうと思えば、一日中でもいける。
高校のゲーム仲間で、『ビアンカ』を推すやつがいる。
あいつは駄目だ。何も分かっていない。
リメイクで追加されたからといって、『デボラ』を選択するやつなど、論外だ。
「それを……。新作リメイクしてもらうのは、どうだ?」
父親は、わざとらしく間を置いたあと、ニヤリと笑った。
「なんっ、だとっ!?」
息を呑む。
まさに、悪魔的な誘い。
まさか、父親が神だったのか。
それとも、自衛隊にそんな強大な力があったのか。
ごくり、と喉が鳴る。
「いや、いやいや! もう騙されないぞ!」
「どうせ、また似非3Dで誤魔化すのだろ!」
「この前も、その前もそうだった! 何も変わっちゃいない!」
「結局、少しガワを変えただけだ!」
顔を、二度、三度と左右に振る。
期待して、肩透かしを食らうのは、もううんざりだ。
一方で、次こそは本気を出してくれるはずだという淡い期待は、どうしても捨てきれない。
そして、次の制作発表があれば心が踊り、発売されれば間違いなく買ってしまう自分が憎い。
「あっ……。でも、追加したシナリオは良かったぞ?」
褒めるべきところは褒める。
それが、俺の流儀だ。
「そういえば、そんなことをよく愚痴っていたな。
なら、今のハードの性能をフルに使ったやつで頼もう」
「プロデューサー様は高齢だ! 無理はさせられない!」
「凄腕の現役神官がいる。魔法でいけるんじゃないか?」
「ぐっ!? だ、だがっ……。し、しかし!」
必死に抵抗を試みる。
だが、父親の言葉は、甘く心に染み込んでいく。
理性が崩れかける。
いや、すでに半分崩れている。
「あっ!? 柚葉ちゃん?」
「……あん?」
しかし、その名前が俺を現実へ引き戻した。
いつの間にか、母親の姿がない。
「お願いがあるんだけど、うちに来てくれない?」
「待て! 待て、待て、待て! 待てえええええっ!」
玄関先で電話中の母親を止めようと、慌てて駆け出す。
「フローラは俺の嫁! とか言ってるんだけど、説得を手伝って欲しいんだけど」
「止めろ! あいつが来たら、今夜もゲームが出来なくなる!」
三分後、ベビードール姿の柚葉が裸足で襲来する。
相変わらず、派手な下着を着けやがって。
今夜は、ゲームどころではなかった。




