第25話 帰還者たちの社会
「俺の仕事は知ってるな?」
静かな部屋に、低い声が落ちた。
父親は膝の上に両手を置き、ソファーにわずかに前のめりになる。
「一等陸佐様だろ?」
その昔、少しだけ調べたことがある。
父親は順調に出世を重ねているエリートだ。
その分、転属も多い。
おおよそ三年ごとに全国を転々としている。
俺が小学低学年の頃は九州の部隊、高学年の頃は東北の部隊に所属していた。
俺と母親は、小学校までは東京で暮らしていた。
その後は、中学と高校は、こうして父親に付き添う形で移住してきた。
「そうだ。所属は、北陸方面帰還者対策室。その室長だ」
「帰還者……。だと?」
ソファーの肘置きに預けていた頬杖を外し、顔を上げる。
以前の俺なら、気にも留めない所属名。
だが、柚葉と出会い、週末ごとに異世界を経験した今、その言葉は引っかかった。
「ああ……。お前の想像通りだ。
異世界に召喚され、帰還した勇者を監視する仕事だ」
「やはり、いるのか」
足を組み替え、ソファーに深く身を沈める。
集団転移を経験して以来、抱いていた疑問のひとつだ。
俺と柚葉以外の勇者は、どこから召喚されたのか。
そして、俺と柚葉がその世界の魔王を打倒したのち、彼らはどうなったのか。
特に、四度目の異世界召喚で現れた勇者たちは、死しても蘇ることはなかった。
その場面を何度か目撃したが、彼らは光の粒子となって消えていった。
まるで、その世界から退場するように。
では、どこへ退場したのか。
「帰還者の中に協力者がいてな。
勇者が帰還するとき、『門』と呼ばれる現象が観測される。
北陸方面だけでも、その数は年に百を超える」
「週に一回か二回……。意外と多いな」
「柚葉ちゃんのお母さんは、その協力者の一人というか……。全国的な中心人物だ」
「……だろうな。
名香神社の勇者召喚システムは週に一回。
経験の多さは、そのまま知識の蓄積になる」
その答えが、こんなにも近い場所にあったなど、傑作だ。
柚葉の両親が、ただの一般人でないことには気づいていた。
とりわけ母親は、純戦士の柚葉とは対照的に、おそらくは『聖女』と呼ばれる神官タイプ。
魔法を極めた俺には分かる。
その姿をひと目見た時から、内包する並ならぬ魔力を感じ取っていた。
参拝客もほとんどいない寂れた名香神社。
それでも留守が多かったのは、『協力者』として全国を飛び回っていたからか。
「大多数は、帰還時に記憶を失い、勇者としての力も失う」
「そして、そのまま普通の生活に戻っていく」
「問題は、その両方を残したまま帰還する場合だ」
「俺たちは慎重に観察し、タイミングを見計らって接触する」
「協力者になってくれるなら、それで良し。
力の発露を抑える、あるいは封じることを受け入れ、関わりを断つのもまた良し」
柚葉は、この社会構造を知らないらしい。
分からなくもない。
柚葉の両親は、娘に甘い。
週末ごとの勇者業以外の煩わしさから守っているのだろう。
「しかし、稀に反抗し、社会を乱そうとする者がいる。
特に、異世界で長い時間を奪われた者ほど、その傾向が強い」
「……お前たちのように、一瞬で帰還できる方が例外だ。
大抵は、数週間から数ヶ月……。」
「五年、十年……。」
「記録によると、最長で三十八年だ」
父親の言葉に、童話『浦島太郎』を思い出す。
あれも勇者の物語の一つと考えれば、腑に落ちた。
「友人や知人はもちろん、家族にすら見放されることもある。
帰るべきではなかったと、自暴自棄になる者も少なくない」
「生活は、俺たちがサポートする。
困らない程度の年金も、国から支給される」
「だが……。満たされない」
改めて、神の悪辣さを感じる。
なぜ、勇者を異世界に派遣しているのか。
なぜ、勇者になる者は地球の出身なのか。
なぜ、地球だけ文明が突出しているのか。
分からない。
手がかりはすぐ傍にあるような気もする。
だが、その手がかりが何なのかすら見当がつかない。
「たまに、不自然な災害がニュースになるだろ?
例えば、先月のミサイル発射。あれは、あの国の帰還者の仕業だ」
「どういう理屈かは分からないが……
不安定な国ほど、帰還者は少ない。日本は多い方だ」
「はっきり言えるのは、帰還者には帰還者でしか対抗できないということだ」
確かなのは、神の気まぐれが地球に混乱をもたらしているということだ。
父親の話で、それは確信に変わった。
勇者は、大国同士の抑止力になっている。
この世界は、各地で紛争こそあれど、全体としては生ぬるい平和が続いている。
平和だからこそ、勇者は増えてゆく。
核など、一般人にとって分かりやすい抑止に過ぎない。
あんなものは、俺一人でどうとでもなる。
「ヒデ……。」
「あん?」
父親が大きく息を吐き、目つきが変わる。
空気が引き締まった。
「協力してくれ」
「断る」
即答した。




