第23話 俺は魔王だ
「ふぅ……。」
丼と箸を置き、人心地を付く。
美味かった。
やはりカツ丼は、完璧な逸品。
トンカツを揚げるとき、焦がしさえしなかったら、まず美味い。
味のベースとなる割り下も黄金比が決まっている。
手間を省き、スーパーの惣菜を使い、めんつゆで作っても美味い。
カツ丼を最初に作った料理人を、俺は心から尊敬する。
「ごちそうさま」
だが、ゲームの製作者たちをもっと尊敬している。
柚葉のせいで、結局夕飯までの時間を取られた。
そして今、夕飯が済み、ついに俺は解放された。
確率は10%以下。
今夜はリオなレイアから『棘』がドロップするまで、寝る気はない。
胸が踊る。
「はい、お茶」
「いや、いい」
母親が湯呑を差し出すが、椅子を引いて立ち上がる。
「……ヒデ」
「あん?」
「話がある。座れ」
しかし、父親が待ったをかけた。
「急用か?」
「急用だ」
「手短に頼む」
「長くなる」
「くそっ!」
父親は、俺の生活を支えるスポンサーだ。
無下には扱えない。
俺は、浮かしかけた腰を椅子に落とした。
******
「わざわざ、何なんだ?」
父親は場をダイニングからリビングに移した。
母親もソファーに座り、父と並んでいる。
夕飯の片付けは放ったまま。
テレビは点いておらず、壁時計の針の音だけが響いていた。
「母さんから、話は聞いた」
父は腕を組み、真っ直ぐな鋭い眼差しを向けてくる。
その隣では、母が不安そうにこちらを見ていた。
「……うん?」
一人掛けのソファーに背を預け、組んだ膝の上に両手を乗せたまま、俺は首を傾げた。
「柚葉ちゃんとのことよ」
一拍の間が空き、居ても立ってもいられない様子で、母親が口を挟んだ。
ようやく理解を得た。
いつの間にか、母親は俺と柚葉の仲を知っていた。
先日は朝帰りもしている。
一応連絡は入れたが、帰宅したときには白い目で見られた。
高校生の親として、色々と心配なのだろう。
週の始めにもかかわらず、父親が珍しく定時で帰ってきたのも頷けた。
「安心しろ。避妊はちゃんとしている」
俺は苦笑を隠せなかった。
実際のところ、ある理由でそこまでは至っていない。
だが、それを言う必要はない。
柚葉の両親はまだしも、自分の両親にまで知られてしまったら、俺は本気で家出を考える。
「そうじゃない、そうじゃない。
いや……。それも気になってはいたが、そうじゃない」
「あん?」
父親は首を左右に力なく振り、母親と揃って、深々とため息をついた。
イラッとした。
「むしろ、安心したのよ。
あなた、女の子というか……。女性そのものに興味を全く示さないから」
「実は……。お前は男が好きなんじゃないか、と思ってな。
そういう子どもを持つ親御さんたちの相談会に、母さんと通っていたくらいだ」
知らなかった両親の悩み。
さらに、イラッとした。
「話を戻せ。単刀直入に言え」
肘置きを、軽く叩いた。
俺はゲームがしたいんだ。
貴重な時間を潰すな。
「じゃあ、教えてくれ。
ヒデ……。お前、勇者なのか?」
父親はわずかに身を乗り出し、俺を見据えた。
「いや、魔王だ」
その問いに答えると、空気が止まった。
カチ、カチ、カチ、と秒針の音だけが響く。
「魔王だ」
「……まおう?」
聞き慣れない単語を確かめるように、母親がゆっくりと繰り返す。
「魔王だ。勇者などと同列にするな」
もう一度言い切ると、二人は戸惑い、顔を見合わせた。
「おい、母さん。聞いていた話と違うぞ?」
「でも、名香さんたちは、勇者だって……。」
「魔王といったら、勇者と対になる、世界を滅ぼす存在だ」
「えっ!? ……ヒデが?」
父親の小声に、俺の眉がぴくりと動いた。
勇者と魔王を題材にする、ゲームやマンガ、アニメ。
今の俺が生まれる前からあり、今ではむしろ流行はさらに加速している。
しかし、父親はゲームやマンガ、アニメに興味がない。
自衛隊で日々身体を鍛えているくせに、休日の趣味も筋トレという変なやつだ。
その父親が、勇者と魔王の概念を知っている。
違和感があった。
「詳しく聞かせてくれないか?」
父親の眼差しは、最初に口を開いたときよりも鋭くなっていた。
夕方、俺の過去を柚葉に話したばかりだ。
それを、もう一度語らなければならないのか。
壁時計をちらりと見れば、午後七時十五分を過ぎている。
早くゲームがしたい。
八時までには終わらせよう。
「……いいだろう」
俺は一度目を閉じ、短く息を吐いた。
中指と親指を弾く。
パチリと乾いた音が鳴り、隣の床に深淵が開いた。
スケルトンが、まるでエレベーターに乗るかのように、ゆっくりと姿を現す。
「なっ!?」
「えっ!?」
父親と母親が、同時に息を呑んだ。
ここに至り、もはや魔法を隠す必要はなかった。
手っ取り早い証明として選んだのが、このスケルトン召喚だ。
「おい、茶を頼む」
俺が命じると、スケルトンは骨をかたかたと鳴らしながら、キッチンへと向かった。




