第21話 学校帰り、記憶の残滓たち
「えっ!? ……待ってよ」
電車は一時間に一本。車両は三両。
時刻は午後五時。
降りる人影も、ほとんどない。
階段を上り、無人の改札を抜ける。
「歩くの早くない?」
駅舎を出れば、紛うことなき田舎。
シャッターの下りた商店だけが、時間を止めたまま並んでいる。
近くの中学校の生徒の姿が少し混じるが、それでも二十にも満たない。
「ねえ、早いってば!」
自宅まで、徒歩二十分。
一分一秒が惜しい。
今朝の続きが、モンスターなハンターの世界で待っている。
そのための戦略を、今日の授業中に練っていた。
「もーーーっ! どうせ、ゲームなんでしょ!」
駄目だった。
柚葉に手首を掴まれ、逃げられなかった。
俺はむっつりと唇を結び、そっぽを向いた。
「私、結構男子に人気あるんだよ?」
「……知っている」
「何度も、告白だってされてるのに」
「……知っている」
「どうして、こんな男を好きになっちゃったんだろう」
「それは知らん」
溜息が三つ、続けて落ちた。
柚葉は俺の腕を取ると、歩き出した。
「おい、いいのか?」
柚葉は一瞬だけこちらを見て、首をかしげた。
「何が?」
「腕を組むことだ。学校の連中には秘密にするんだろ?」
少しだけ、柚葉の指先が俺の袖をつまむ力を強めた。
「逃げない?」
逃げる。
手を離した瞬間、即逃げる。
「……逃げない」
柚葉の口元が、わずかに緩んだ。
「じゃあ、ダメ!」
ぐい、と腕を引かれる。
「当たってるぞ」
「当ててるんだよ」
俺は、諦めた。
ここでごねると、夕飯までの自由時間が消える可能性がある。
戦略的撤退だ。敗北ではない。
******
遠い記憶。
その輝きに憧れた。
俺は勇者になりたかった。
「えっ!? 意外!」
「話の腰を折るな」
「あっ、ごめん」
鍛錬を積み、冒険者となり、モンスターを狩った。
二十歳を超えた頃には、俺の名は広く知れ渡っていた。
俺は『戦士』と呼ばれていた。
次の人生では、剣術の手ほどきを受けた。
生家のすぐ近くに、引退した正統派剣術の達人が住んでいた。
「すぐ転生したって気づいたの?」
「あとで出てくる。黙れ」
「はーーーい」
都へ出て、俺は剣闘士になった。
連戦連勝、王座を長らく守り抜き、引退した。
俺は『剣王』と呼ばれていた。
次の人生では、剣の鍛錬を積みながら、何かが足りないと感じていた。
時は戦国の世。
名を上げると、国からスカウトを受けた。
「あっ!? 騎士になったんだね?」
「……はい、黙ります。どうぞ続けて」
武勲を挙げ、出世した。
第二王女に気に入られ、結婚した。
「えっ!?」
純真無垢で、笑うと花が咲いたようだった。
「女の話はなし! 次!」
俺は『団長』と呼ばれていた。
次の人生では、女だった。
「ええっ!?」
「そっか……。転生だから、そういうこともあるんだね」
自慢じゃないが、美人だったと思う。
幾人もの男が、こぞって歓心を買おうとした。
だが、俺が学んだ剣は、剛剣の類。
女の身体では扱いきれず、動きはどうしてもちぐはぐになる。
「あれ? 転生しても、技術は引き継がれるの?」
「気になるだろうが、今は話を聞け」
剣士としては、せいぜい二流。
もがき苦しむその姿が、第二王子の興味を引いた。
「あーー……。ひょっとして、おもしれー女?」
もともとの婚約者と諍いが始まった。
いつしか、それは国を巻き込んだ大事に発展する。
俺は『傾国の悪女』と呼ばれていた。
「貴族だったんだ?」
「……あっ!? そっちも経験した?」
「いや、そっか。元男だから、悦ぶツボが分かるんだね」
「うんうん……。それは傾国の悪女だわ」
次の人生でも、女だった。
剣を握る前、五歳のとき、偶然出会った魔法使いに、才能を見出された。
辺境の寒村。
兄弟は多く、両親ははした金と引き換えに、俺を魔法使いに売った。
「うーーーん……。異世界あるあるだね」
「でも、ついに魔法を覚えるんだね!」
帝都の魔法学院を首席で卒業。
奨学金返済と生活費のため従軍し、やがて七叡智の一人に選ばれた。
「やっぱり、魔法は素質かー」
俺は『引きこもりの魔女』と呼ばれていた。
「うん……。今までで、一番納得できる」
次の人生では、魔法使いの家系に生まれた。
初めて、『何かがおかしい』と気づいた。
「おっ!? とうとう来た?」
新たな教本を開けば、すでに知っていると分かる。
体系は違うが、そこへ至る道が分かる。
俺は嫌われた。
新たな魔法を見せれば、苦心と年月をかけて得たものを、たちどころに再現される。
だから当然だ。
しかし、それは都合もよかった。
抱えた違和感の正体を突き止めるため、俺は研究に没頭した。
******
「あっ!? 待って」
「あん?」
「コンビニ、寄ろ? 喉、乾いたでしょ?」
ふと腕を引っ張られた。
柚葉が、国道の向こうにあるコンビニを指さしている。
横断歩道の信号が変わる。
「一緒に、肉まんも買おうよ!」
「もうすぐ、夕飯だ。太るぞ」
俺は頷き、苦笑を浮かべた。
柚葉が小さく跳ねる。
「ていっ!」
「ぐえっ!?」
脳天にチョップが落とされた。




