第20話 試合に勝って、勝負に負けた
「だめっ……。んああっ!? ぁっ、ぁぁっ……。」
オレンジ色の明かりが灯り、熱気がこもる部屋。
柚葉の息が乱れ、かすかな声が漏れた。
柚葉の両親は、夜だというのにどこかへ出かけた。
年頃の男女を残していくとは、どうかしていると思わなくもない。
ただし、それには理由があった。
今夜の夕食は、俺を正式に『家の関係者』として紹介するための挨拶だったらしい。
『あとは若いお二人に任せて……。
むふっ! 頑張ってね! 私たちも、久々に頑張ってくるから!』
柚葉の母親でなかったら、殴り飛ばしてやりたかった。
まるで戦場へ赴くかのように覚悟を決め、遠い目をしている柚葉の父親の前に、怒りは飲み込んだが。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……。はぁ……。」
身を起こし、ベッドの縁に腰掛ける。
柚葉の部屋には何度か入ったことがある。
そのたびに思うが、女子高生にしては物が少ない。
あっても、小学生の女の子が部屋に置いておくようなものばかりだ。
だが、当然だろう。
柚葉が過ごす時間は、異世界のほうが圧倒的に多い。
今日までの四度あった、俺との異世界での暮らしですら、ここでの年月を上回っている。
生まれ育った家であっても、今の柚葉にとっては一時の宿に過ぎないのだろう。
「……ごめんね。いつも私ばっかり」
息を整えた柚葉が、消え入りそうな声でそう呟いた。
振り向くと、柚葉はベッドの上で、顔だけを壁のほうへ向けていた。
「何度も言わせるな。
目で楽しむ。それもまた、ひとつの悦びだ」
正直、謝りたいのはこっちのほうだった。
俺は気にしていないつもりだが、身体にトラウマが刻まれてしまったらしい。
そう、柚葉と夜を初めて共にしようとしたときの、あれだ。
普段、何気ない柚葉の仕草に、身体はちゃんと反応する。
朝になれば、下着を汚していることもある。
だが、いざとなると、役に立たない。
「でも……。」
「自信を持て。
お前の音色はなかなか良い。楽器として優秀だ」
「も、もうっ……。ひ、ヒデのスケベ」
密かに、ひとりで試してみたこともある。
前回の異世界では、隣人に誘われて、娼館の門を叩いたこともあった。
しかし、駄目だ。
日本に帰ってくるたび、柚葉もネットで色々と学んでいるらしい。
あの手、この手を試された。
それでも、やはり駄目だ。
「水、飲むだろ?」
「うん、飲ませて」
「それ、好きだな?」
「早く早く! んーーーっ……。」
床には、体操着と紺のブルマが落ちている。
どうやら、柚葉の母親の入れ知恵らしい。
やっぱり、一度殴ったほうがいいかもしれない。
今どき、ブルマを採用している学校などない。
それを即用意できるということは、もともと夫婦の秘蔵アイテムだったのではないか。
そこまで考えが及んだかは定かではないが、柚葉はよくそれを着たものだと感心する。
そもそも俺は、体操服やブルマに憧れや情欲を抱かない。
そんなものに意味はない。
「んっ、んんっ……。ぷはっ!?」
「……少し溢れたな」
「あっ……。」
「あん?」
「今の口を拭うの……。ちょっとドキッとしたかも」
柚葉の父親から渡された、『アメリカのすごい薬』も試した。
一錠で十分だと言われていたのに、気づけば三錠飲んでいた。
予想はしていたが、駄目だった。
薬といっても、有用だからそう呼ばれているだけで、身体にとっては毒でしかない。
俺は、あらゆる毒を克服している。
柚葉のようにオンオフが切り替えられるのとは違い、常時オンの状態だ。
「ねえ、試したいことがあるんだけど……。いい?」
「どうするんだ?」
「こっち来て」
「なっ!? そ、そこほうわっ!?」
「お母さんが言うには、この辺りに……。」
「や、止めろ!」
勝負に勝って、試合に負けた、という言葉がある。
今夜の俺は逆だ。
試合に勝って、勝負に負けた。
「あっ!? ほらほら! やったよ!」
「やってない!」
翌朝、俺と柚葉の父親は無言で握手を交わした。
別の戦場で戦おうと、俺たちは戦友になったのだ。




