第13話 そういうことか
「どう考えても、おかしい……。」
微かな騒がしさが遠くで揺れる、静まり返った深夜。
ランプシェードの橙色に包まれた部屋の中で、俺はソファーに身体を沈めた。
この異世界に来て、十日が過ぎた。
名香はいまだ、腰を上げる気配すら見せない。
今夜も浴びるように酒を飲み潰れ、部屋へ放り込んで、ようやく大人しくなった。
「……何かを待っているのか?」
見ている限り、名香は酒を嗜むものの、それを好んでいるようには見えない。
毎晩、まるで酔いつぶれるために飲んでいるようにしか思えない。
「だが……。何を待つというのだ」
背もたれに頭を乗せ、天井を見上げる。
豪華なシャンデリア。
今は明かりは灯されていないが、スイッチひとつで明かりが灯る。
動力の違いは『魔力』と『電力』こそあれども、まるで現代の日本のように。
それも、ここがこの街で最高級の宿、その最上の一室だからだ。
庶民の間では、油を使うランプは高級品で、ロウソクが一般的な明かりだと聞く。
「……魔王が攻めてくるのをか?」
「いや、魔王とは玉座で待つ者」
「軽々しく足を運ぶなど、魔王とは呼べん」
この十日間、暇を持て余し、あれこれと考察してみた。
やはり、地球は異常だ。
不自然と言い換えてもいい。
俺は前世を幾度も経験している。
だが、地球のように『科学』が発達した世界は、これまで一度もなかった。
「ならば……。逆に、神?」
無論、どの世界にも『科学』はあったが、それは曖昧で未成熟な学問体系に過ぎない。
地球でかつて存在した『錬金術』のように。
地球だけが逆なのだ。
世界ごとに名称は異なる場合があっても、いずれも『魔法』が『科学』を上回っていた。
文明は、歴史区分で言うところの『中世』レベルに留まっている。
生態系の上位には人類と並び、モンスターが存在し、地上の覇権を争っていた。
地球に違和感を覚えるのは、考えすぎなのだろうか。
もっと疑えば、神どもの作為が介在しているように思えてならない。
「……いや、無いな。
名香は、尖兵どもと戦ったこともないと言っていた」
奥歯を強く噛み締める。
いくら思考を巡らせようと、答えは疑いの域を出ない。
幾度もの前世を経て、神が目の前に現れたのは一度きり。
あの女神に再び出会えたなら、絶望の淵に叩き落とし、滅してやろうと常々思っている。
しかし、その機会は巡ってこない。
いまだに前世を重ね続けているだけだ。
「あっ!?」
ソファーの両脇が、鈍い音を立てて歪んだ。
気づいたときには、三人掛けだったそれは、無残に潰れ、一人分の形しか残していない。
「詫びたところで、ただ苦しめるだけだ……。」
今以上、この国の王を苦しめるつもりは毛頭ない。
夕方、暇つぶしに様子を見に行けば、家族で黒パンと豆のスープを夕食にしていた。
どうやら、節約を始めたらしい。
「名香を旅立たせることこそが、救済になる。
そのためにも……。」
正直、哀れに思った。
街では今も、贅沢三昧の狂乱が続いている。
それでも声を荒げることも、不満を漏らすこともない。
自身の選択を受け入れ、未来へ歩み出す姿勢は、賞賛に値する。
王の先達として、俺は少しだけ知恵を授けた。
『商人の悪どさを舐めるな』
『このままでは、実態のない借金まで背負うことになるぞ』
『最も信用のおける商人に窓口を一本化しろ』
『その商人に、他の商人を差配させるんだ』
『利子は膨らむだろうが、総額はむしろ抑えられるはずだ』
この国の王は、涙ながらに土下座をして喜んでいた。
何とも言えない微妙な気持ちになった。
なにしろ、借金の原因は名香であり、不本意ながら、俺の主なのだから。
もちろん、名香がこの街をさっさと発ち、この世界の魔王を倒すのが最上であることは、言うまでもない。
「……寝るか」
気分が落ち着いたところで、ソファーから立ち上がる。
キングサイズのベッドに身を放り投げ、天井を見上げた、その瞬間。
「そう、そうか!」
ふと天啓を得た。
思わず上半身を勢いよく跳ね起こす。
「くっくっくっ……。そういうことか」
壁の向こうへと、意識を向ける。
たまらず笑みがこぼれた。




