第12話 富は巡り、王は泣く
「酒を掲げよ、その名のために~……。
声をあげよ、その誉れを讃え~……。
その勇者の名は……。ユズハ・ナカぁぁ~~っ!」
リュートの弦が、勢いよくかき鳴らされる。
乾いた音が火花のように弾け、歌声を押し上げた。
名香を讃える歌を、吟遊詩人が喉を震わせて響かせる。
「勇者様に、かんぱーい!」
「ユズハ様に、かんぱーい!」
陽気な叫びが飛び交い、ジョッキが鈍い音を立ててぶつかり合う。
泡がこぼれ、床を濡らしても、誰ひとり気にしない。
「ああっ! その肉、俺のだぞ!」
「けちけちすんだよ! 一杯あるんだしさ!」
街全体に、焼けた脂の匂いと、酒の熱気が入り混じる。
大人たちは、皆一様に頬を赤らめている。
子どもたちは、滅多に口にできないご馳走に目を輝かせていた。
その狂乱を遠目に、俺はカウンター席で琥珀色の酒を一人静かに傾ける。
「……早く帰りたい」
胸中にあるのは、新作ゲームの続きだった。
俺は、この異世界より、三国志系の無双ゲームの平和を守りたい。
操作感を掴むため、まずはシリーズおなじみの強キャラを選択。
一日目は、それで終わった。
二日目。
いつもより早起きし、最推しの眼帯キャラで一ステージをクリアする。
矢を目に射られ、その眼球すら喰らったという男気。
俺は、こういうのに弱い。
だが、名香との買い物の約束の時間が来た。
すっぽかすべきだった。
気づけば、俺はこの異世界を救う旅に巻き込まれていた。
「あははっ! 国守君、飲んでるー?」
諸悪の根源が、断りもなく俺の隣に腰を下ろした。
顔どころか、指先まで真っ赤だ。
完全にできあがっている。
「さあさあ! 飲んで、飲んで!」
しかも、持ってきたぶどう酒のボトルを、俺のグラスへと傾けた。
ルビー色と琥珀色が混ざり合い、ゲテモノができあがる。
どの世界でも、酒は有史以来の存在だ。
言わば、歴史の結晶とも言うべき芸術品である。
たとえ、それがどんな安酒であろうと。
「おい、先に進まないのか?」
しかし、酔っぱらいに何を語ったところで無駄でしかない。
俺は、ゲテモノ入りのグラスをそっと横へ退けた。
戦勝後に、宴を催す。
ありふれた当然の結果だ。
ただし、それが朝から晩まで一週間も続くとは、どうかしている。
「ほら! お酒、進んでないよー?」
「違う! 俺は早く帰って、ゲームがしたいんだ!」
先ほど、宴の費用を押し付けられている王の様子を見に行くと、ベッドの枕に顔を伏して泣いていた。
これが、名香の言う『スーパーデラックス松コース』なのだから、恐ろしい。
「さあさあ! 飲んで、飲んで!」
「もう、お前は飲むな! 明日こそ、先に進むんだ!」
だが、その効果は極めて大きい。
これほどの騒ぎだ。
噂は瞬く間に広がり、世界へと伝わってゆく。
勇者の降臨は周知される。
それはやがて、人々の希望へと変わる。
人類が反撃に転じる契機となるだろう。
「何よ! 私のお酒が飲めないっていうの!」
「お前、未成年だろうが!」
利に敏い商人たちが、各地から集まっている。
酒や食材、人手。需要は際限なく膨れ上がる。
その波は、この街に留まらない。
富は流れ、巡る。
王を除いた、あらゆる場所へ。
「ぶっぶー! 実年齢は、もう分かりませーん!」
「でも、柚葉ちゃんは、永遠の17歳でーす!」
「ぴちぴちのギャルだよ!」
しかし、もう一度言おう。恐ろしい。
同じ王として、この国の王には同情せざるを得ない。
一つの街を救っただけで、この有り様だ。
世界を救ったとき、子々孫々に至るまで借金を背負うことになるのも、決して誇張ではない。
「今どきの女子高生は、ぴちぴちのギャルなんて言わん」
「あーーーっ! 国守君ってば、Hな目で見てるぅー!」
「……さっさと寝ろ」
ただ、ここ数日の名香を見ていると、俺の深読みのようにも思えてしまう。
横から抱きついてくる酔っぱらいの顔を手で押しやり、俺は深い溜め息をついた。




