第10話 魔王の余興
「やっぱり、魔法って便利だよね」
「使えないのか?」
名香を抱えて、空を翔ぶ。
いわゆる、『お姫様だっこ』だ。
最初、右脇に名香の腰を抱えようとしたところ、脳天チョップを喰らった。
この女、俺に運ばせている時点で不敬だというのに、本当に度し難い。
しかし、名香と王の契約は成された。
不本意ながらも名香に従う立場にある俺は、この街の問題解決を図る必要がある。
「一時期、必死に努力したんだけどさー……。
手ほどきしてくれたお爺ちゃんによると、戦士として優れているんだから、それで満足しろだってさ」
「才能がなかったか」
「せ、生活をちょっと便利にする魔法なら、使えるもん!」
風を切って飛ぶ感覚は、久々のものだった。
実に、心地よい。
飛行魔法に限らず、日本で魔法を使えば大騒ぎになるのは想像に難くない。
幾度も繰り返してきた人生の中で、練り上げ、積み重ねてきた技術を使えないのは、悔しくないと言えば嘘になる。
だが、仕方がない。
このような異世界は別として、学ぶと決めた今世で騒ぎを起こしたくはなかった。
「さて、着いたぞ。どうするんだ?」
上空、およそ三十メートルほどの高さ。
大乱闘の真っ最中にある城門前で、静止して滞空する。
攻め側のモンスター陣営が、大きく優勢だった。
人間たちは気力だけで、かろうじて戦線を保っている。
中でも、将と思しき牛頭の二足歩行のモンスター『ミノタウロス』の存在が戦局を決定づけていた。
俺が知る通常のミノタウロスより、二回りも巨大。
筋肉がはち切れんばかりの両腕が振るう両刃斧は、振られるたびに人間を切り刻み、吹き飛ばしている。
「このまま落として」
名香の提案に目を丸くする。
言うまでもなく、普通の人間ならひとたまりもない高さだ。
名香が勇者であり、その見た目に反した身体能力を持っているのは、前世で嫌になるほど承知している。
しかし、この高さ。
「……いいのか?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
「心配などしていない」
だが、名香にくすくすと笑われ、むかついた。
支え持つ両手を即座に外す。
「もーーっ! 素直じゃないんだからー!」
名香は唇を尖らせ、スカートの前後を押さえながら落下していった。
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「女、貴様は何なのだ!」
「通りすがりのただの傭兵だよ!」
剣と両刃斧がぶつかり合い、旋風が巻き起こる。
攻守が目まぐるしく入れ替わる名香とミノタウロスの戦いには、誰も近づけない。
それは、素人目には接戦に見える。
だが実際には、力も技術も名香のほうが圧倒的に上だった。
「ただの傭兵が、このゴドブザー様の一撃を受けるだと!」
「わお、全部濁点だ! 名前だけは強そう!」
それどころか、名香には軽口を叩く余裕すらあった。
「舐めるなよ!」
「あっ!?」
だが、用いている剣が、名香の力と技術に追いついていない。
名香がミノタウロスの両刃斧を受け流そうとした瞬間、刃がパキリと音を立てて折れた。
「ブハハッ! 腕はよくても、剣がナマクラではな!」
「仕方ないじゃない! 日本には銃刀法があるんだから!」
「さあ、新しい剣を拾え! このゴドブザー様をもっと楽しませろ!」
これで三本目だった。
ミノタウロスは余裕の笑みを浮かべ、あえて攻勢を止めた。
名香は唇を尖らせ、戦場に落ちている剣を拾いに向かう。
「まあ、今回は国守君を連れてくるって目的があったから、準備もできなかったんだけどさ」
そのボヤきに、空から高みの見物を決め込んでいた俺の眉がピクリと跳ねた。
俺を理由にして、こんな小物に苦戦されては、矜持に関わるというものだ。
右手を伸ばす。
虚空に開いた孔の深淵から、一本の剣を取り出した。
「使え!」
それを名香の目前へ放った。
ザクッという音とともに、剣は石畳を砕いて深々と突き刺さる。
「わわっ!? これ、魔剣の類でしょ?
呪いをびんびん感じるんだけど?」
片刃のやや反った真紅の刀身。
形状は、鞘拵えを除けば、日本刀に近い。
俺が魔王を名乗る以前、魔法剣士だった頃に使っていた剣だ。
「当然だ。神の尖兵たちを斬り殺した剣だからな」
「すごい興味ある! 次は私も参加させてよ!」
当然だが、名香の眼鏡にかなったらしい。
剣を手に取ると、一振り、二振りと試し、流れるようにその場で剣舞へと移る。
「機会があったらな」
「それを作るのが、魔王様のお仕事でしょ?」
俺は頷き、ニヤリと笑う。
やはりというべきか、大した練度だ。
この短時間で、初めて手にした剣を完全に馴染ませている。
「魔王っ……。だと?」
「はい、よそ見しない!」
しかも、剣の力を見事に引き出してみせた。
刀身から、白く弧を描く斬線が飛ぶ。
「ブモオオオオオオオッ!?」
ミノタウロスの悲鳴が轟いた。
その固い筋肉が鎧となり、名香が先ほどまで使っていた剣では小さな切り傷しか負わなかった左腕。
それが、二の腕で断たれ、鮮血を撒き散らす。
「おや、闇特攻が乗ってる?」
「神の尖兵たちの血を吸ったと言っただろ?」
「うーーーん……。チートだね」
名香は剣先だけを軽く何度も振る。
そのたびに小さな斬線が飛び、ミノタウロスの身体に切り傷が刻まれていく。
どうやら、器用でもあるらしい。
魔王となってからというもの、俺の戦いは魔法に比重が置かれ、あの剣を振るう機会も減っていた。
剣とは戦いの道具だ。
棚に飾ったり、倉庫に眠らせておくものではない。
名香がどうしてもと望むのなら、しばらく貸してやるのもやぶさかではない。
「お前ら、何をしている! この女を早く殺せえええっ!」
全身から血を流し、満身創痍となったミノタウロスが叫ぶ。
名香とミノタウロスの戦いを固唾を飲んで見守っていたモンスターたちが、びくりと震える。
次の瞬間、雄叫びをあげながら名香へと殺到した。
「格を下げたな。興冷めだ」
深く溜息をついた。
右手を軽く振り上げ、ぱちりと鳴らす。
「ナパーム・デス!」
黒い火球が生まれる。
右手を振り下ろし、眼下へと放つ。
「おーー……。すごい」
「なっ、なっ、なっ!?」
着弾と同時に、黒い炎の壁が二方向へと走る。
やがてそれは繋がり、名香とミノタウロスを中心とした円を描いた。
黒い炎に突っ込んだモンスターたちは、瞬時に焼かれ、炭となり、灰となって散った。
「さあ、命を燃やせ! その輝きを見せてみろ!」
腕を組み、見下ろしながら命じる。
「な、舐めやがってえええええっ!」
返ってきた応えは、雄叫びとともに投げつけられた両刃の斧だった。
しかし、無駄の一言。
俺を守る不可視の障壁が、両刃斧をあっさりと弾き返す。
「くっくっ……。はっはっはっはっはっはっ!」
「うーーーん……。見事な悪役ムーブ」
期待通りの道化っぷりに、俺は喉の奥が見えるほどの大笑いをあげた。




