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第31話「集結」

 管理局から——正式な呼び出しが来た。今度はカイだけではない。ヴェルも。


「管理局理事会による公開聴聞会。議題:結晶安定化処置に関する告発文書の審議。出席者:告発者ヴェル・ログ、関係者カイ」


 公開聴聞会。理事会が動いた。


「……公開、ですか」


「はい。管理局の職員と、ギルド代表者の前で行われます。非公開ではなく——公開」


 ヴェルの顔が硬い。覚悟はできているが——目の下に隈がある。眠れていないのだろう。公開聴聞会は、ヴェルの技師としてのキャリアを賭けた場になる。下手をすれば免職。それでも——ヴェルの手は震えていなかった。


「公開にした理由は——」


「秘密裏に処理できなくなったからでしょう。告発文書の内容が——管理局の一部の職員に漏れ始めている。ヘルドが握りつぶしたはずの報告書の噂が、技師の間で広がっている。公開にせざるを得なかったんです」


「つまり——管理局も追い込まれてる」


「お互いにね。——でも、追い込まれた方が、本音が出る」


 ヴェルが眼鏡を押し上げた。技師の目ではなく——勝負に出る人間の目だった。


 3日間、準備をした。


 ヴェルは頭の中のデータを再構成し、口頭で説明できるよう論点を整理した。帳簿がなくても——数値は全部、頭に入っている。


 俺は17回分の結晶変化の記録を、自分の言葉で語れるようにまとめた。管理局の公式記録ではなく——体感として。毎回、何を感じたか。手の甲が冷たくなる瞬間。喉の奥に引っかかる名前のないもの。そして——色が消えた後も残るもの。


 リラは魔物使いとしての実績——使役成功のデータ、感知精度の記録——をヴェルから引き継いで暗記した。リラ自身が「ジョブ変更の成功例」として証言する準備だ。


 聴聞会の日。


 朝が早い。空がまだ白い。東の空だけが薄く色づいている。ギルドの前の石畳に、夜露が光っていた。吐く息が白い。


 ギルドに集まったのは——俺とヴェルだけではなかった。


 リラ。菫色の結晶を光らせて、ノアを肩に乗せて。


 メイナス商店の店主。仕入れカバンを肩にかけたまま走ってきたのか、息が上がっている。一度は離れた人だ。取引監査を理由に距離を置いた。でも——今日、ここにいる。


「……すみません、遅くなりました」


 店主の声が震えていた。目が赤い。昨夜、一晩迷ったのだろう。


「嫁に——怒られました。『あの人を見捨てるような人間と商売してるんじゃないわよ』って」


 店主が鼻の頭を擦った。照れ隠しだ。


「……正直、嫁に言われる前から——迷ってました。でも、店を守るのが優先だと思って。言い訳ですけど」


 ……あの茶を焙じてくれた奥さんか。


 B級パーティのリーダーと剣士と魔法使い。三人揃って腕を組んで立っている。リーダーが俺を見て、にやりと笑った。あの日——ギルドの掲示板の前で「C級、邪魔だ」と言った男だ。今は——別の顔をしている。


 教官になったトランと訓練生たち。5人の若い冒険者がトランの後ろに並んでいる。トランの手の甲には青のLv5。壁の手前で止まっていた男の結晶が——今は輝いている。


 手首を矯正した弓兵。俺を見て深く頭を下げた。弓を背負っている。握りの位置が変わっている。前より手首に優しい角度だ。矯正が完全に定着している。


 そして——名前も覚えていない冒険者たち。市場で素材を見てやった店主。遺跡調査で一緒になった冒険者。鑑定依頼を出してくれた商人たち。知らない顔もいる。知らない顔の方が多いくらいだ。


 数えた。30人以上いる。ギルドの前の広場が——人で埋まっている。


 冒険者と商人が混在している。A級からD級まで。結晶の色もバラバラだ。赤、青、緑、橙、紫、銀——ありとあらゆる色が集まっている。


 共通点は一つだけ。全員が——俺の名前を知っている。


「何でこんなに——」


「カイさん。みんな——あなたに借りがある人たちですよ」


 リラが言った。目が少し赤い。泣きそうになっている。いつものことだ。


「借りなんて——俺は何も——」


「覚えてないでしょう。でも——向こうは覚えてるんです。カイさんが見えたから言っただけのこと、全部」


 管理局の前に——冒険者と商人たちが集まっている。聴聞会は管理局内部で行われるが、建物の前に「傍聴」の意思を示す群衆がいる。


 ギルドの受付嬢が走ってきた。


「カイさん! ギルドマスターから伝言です。『聴聞会には、ギルド代表として俺が出る。安心しろ』って」


 ギルドマスター。管理局とは別の組織の長。冒険者側の代表が——味方についた。


 ギルドが牽制に入った。


「……面倒くさい」


「カイさん」


「はい」


「今——泣きそうな顔してますよ」


「泣いてません」


「嘘ですよ」


 嘘だ。泣いていない。でも——喉の奥の、名前のないものが——大きくなっている。温かくて、痛くて、名前がない。


 面倒くさい。面倒くさすぎる。でも——嫌じゃない。全然嫌じゃない。


 管理局の正面入口が開いた。


「聴聞会、開会します」


 俺とヴェルが並んで、管理局の扉をくぐった。


 後ろを振り返った。


 リラが立っている。ノアが肩にいる。その隣にトランがいる。メイナス商店の店主がいる。B級パーティのリーダーがいる。弓兵がいる。名前も覚えていない人たちがいる。


 全員の手の甲に、それぞれの色がある。赤、青、橙、菫、灰銀。バラバラの色だ。でも今、同じ方向を向いている。


 前を向いた。


 ヴェルが隣を歩いている。帳簿を持っていない——帳簿は没収されたまま。でも、頭の中に全データが入っている。技師の武器は、紙ではなく記憶だ。


 管理局の廊下を進んだ。魔力灯の青白い光。石壁の冷気。この建物に20年通った。結晶の色を17回変えに来た。毎回、「結晶定着不全ですね」と言われた場所。


 今日——その名前を変える。


 大広間の扉が見えた。開いている。中から、人の気配がする。理事会のメンバー。管理局の職員。ギルドの代表者。


 そして——まだ見たことのない男が、中央に座っているはずだ。局長オルド。誰にも会わない人間。今日、初めて対面する。


 深呼吸した。手の甲の灰銀色を見た。商人Lv5。19番目の色。浅い色だ。シンのLv9の深い赤と比べたら——蝋燭と太陽くらいの差がある。


 でも——この色で、ここまで来た。17職分の知識と、見えたから言っただけの積み重ねと、面倒くさがりが面倒くさがりながら集めた仲間の力で。


 歩いた。


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