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第2話「見えたから言っただけ」

 素材屋の呼び込みが、午後の市場に響いている。


 「鉄鉱石、上物入ったよ!」嘘だ。声の張り方でわかる。本当にいい品が入った日は、呼び込みなんかしない。黙っていても目利きが嗅ぎつけてくる。


 革細工屋の前を通り過ぎる時、なめし革の酸っぱい匂いが鼻をかすめた。その奥に、金属と乾いた土の匂い。素材屋の軒先だ。


 箱に並んだ鉄鉱石、薬草、魔獣の爪。どれも見慣れたものばかりだが、今日は見る目が違う。


 鑑定士Lv1。スキルはまだ使えない。


 普通ならここから2週間、ギルドの訓練所に通って基礎を叩き込む。結晶が増幅した「鑑定の目」を育てる作業だ。魔法使いの詠唱訓練と同じ原理。


 2週間、座学。……面倒くさい。それに、結晶の増幅に頼るやり方は性に合わない。


 鉄鉱石を手に取った。重さ、表面のざらつき、断面の光沢。鍛冶師をやっていた時に覚えた手の感覚が勝手に動く。不純物が多い。溶かしても使える部分が少ない石だ。


 隣の箱からもう一つ。こっちは軽い。断面が微かに青みがかっている。鍛冶師の手は「この石は使える」と言っている。


 結晶の増幅がなくても、手は覚えている。17職分の手触りが、スキルの代わりに働く。


 ……3日もあれば、鑑定スキルが発動する前に「答え」が出せるようになる。スキルは後から追いつけばいい。


 ◇


 古物鑑定の下請け。依頼主はメイナス商店。市場の東端にある中古品を扱う店だ。


「C級の鑑定士さん? お若いですね……あ、いえ、33歳……ですか」


 店主が依頼書と俺の顔を見比べた。Lv1で33歳は確かに珍しい。普通は10代で始めて、この年齢ならLv7か8に届いている。


「最近引き取った品がいくつかありまして。値付けが難しいものだけ見ていただければ」


 木箱が三つ。蓋を開けると、油と埃の混じった匂いが立ち上った。中身は古い短剣、傷だらけの盾、そして正体不明の金属片。


 短剣を持ち上げた。柄の巻き直しが二回されている。刃の研ぎ跡が途中で角度が変わっている。少なくとも3人の持ち主を経ている。刃自体は悪くない。鍛冶師の手が「まともな鍛冶が打った」と言っている。


「この短剣、刃はいいです。ただ、柄の芯が痩せてる。振ったら抜けます。柄の交換込みで銀貨3枚が妥当ですね」


 店主が眉を上げた。短剣を受け取って、柄を指で押さえ、握り直す。


「柄の芯が……ああ、確かに。手で持つとわかりますね。でも、刃の質まではスキルなしでどうやって」


「鍛冶師やってた時の手触りです。研ぎの角度と焼き入れの感じでわかる」


「鍛冶師を……? 鑑定士なのに?」


「前のジョブです」


 次に盾。持った瞬間、重心が偏っていることに気づいた。盾職をやっていた時のクセで、腕に乗せた瞬間に重心を読む。


「これ、裏板が割れてます。表からは見えないけど、重心が右に寄りすぎてる。盾として使うなら修理が要る。このままだと銅貨5枚がいいところです」


 店主が盾の裏を覗き込んで、小さく息を呑んだ。木の裏板に、細い亀裂が走っていた。


「……本当だ」


 最後の金属片。


 手のひらに乗せた。軽い。表面に微かな紋様がある。指で撫でると、紋様の溝が均一だ。手彫りじゃない。何かの型で押した跡。


 ……見覚えがある。ような、ないような。


 盗賊をやっていた時に、古い遺跡で似た紋様を見た。扉についていた金具。ただ、あれは四角い金具で、これは丸い破片だ。同じ型かどうかまでは断言できない。


「紋様が手彫りじゃなくて型押しです。多分、かなり古い鋳造品ですね。盗賊やってた時に遺跡で似たものを見ました」


「遺跡……? じゃあこれは出土品?」


「可能性はある。ただ、用途がわからない。何の一部なのか。それによって値段が全然違います」


 店主が腕を組んだ。棚の奥から帳簿を引っ張り出して、ぱらぱらとめくる。


「引き取った時の記録では、農家の蔵から出てきたとしか……ただ、その蔵の持ち主が言ってました。『爺さんの代から入ってた箱の中身だ』と」


 農家の蔵。爺さんの代から。……100年前後か。遺跡出土品が流通して蔵に収まるまでの時間を考えると、元の品はもっと古い可能性がある。


「出土品として扱うなら、ギルドの学術依頼に回した方がいい。素材として売ると銅貨5枚ですけど、歴史的価値があれば金貨に化けるかもしれません」


「……へえ。そういう見方もあるんですね」


 店主が帳簿を閉じて、小さく頷いた。


「正直、C級のLv1と聞いて不安だったんですが。鑑定の仕方が変わってますね、あなた」


「スキルがないんで。あるもので見るしかないでしょう」


 まあ、スキルが使えるようになっても、やることは変わらないだろう。


 報酬は銀貨8枚。定食8回分。C級の鑑定依頼としては悪くない。


「また来てください。他にも見てもらいたいものがあるので」


「依頼が出てれば」


 素っ気なく答えて店を出た。


 ◇


 路地に入ったところで、足元に黒い影がちらついた。


 ノア。


 昨日、ギルドの前で干し果物をやった影狐が、建物の影に沿って俺の後ろをついてきていた。影から影へ、まるで地面に描かれた模様が動いているように。


 足を止めた。路地の石壁がまだ日の温もりを残していて、近づくと微かに熱を感じた。ノアも止まった。


「……ついてきてるのか」


 耳がぴくりと動いた。尻尾が揺れている。昨日と同じだ。


 懐から干し果物を出した。地面に置くと、影からするりと黒い鼻先が伸びてきて、ひと口で食べた。そして今日は逃げない。影の中に座って、こちらを見上げている。


 金色の瞳。影の中にいると、黒い毛並みと闇の境目がわからなくなる。輪郭が溶けて、目だけが浮いている。


 もう一つ、干し果物を出した。今度は手のひらに乗せてみた。


 ノアは耳を伏せて、しばらく動かなかった。鼻先が震えている。ためらい。それから、おそるおそる影から体を出して、手のひらの上で食べた。


 小さな舌が指先に触れた。冷たくはない。


 食べ終わると、ノアは俺の手の甲に鼻先を押し当てた。透明だった結晶に染まった、淡い紫色の上に、黒い鼻が触れている。


 ……なんだ、それ。挨拶か?


 ノアの鼻先が触れている場所が、微かに温い。……昨日も、何か光った気がした。二度目となると、気のせいでは済まない。


 だが、結晶に変化はない。淡い紫のまま。


 ノアが顔を上げた。金色の瞳に、紫色の結晶が映っている。尻尾がゆっくり揺れた。何かを確かめたような、満足したような仕草。


「お前、飼い主いないのか」


 耳が片方だけ倒れた。


「……まあ、いいか。ついてきたいなら勝手にしろ」


 歩き出すと、影の中をノアがすべるようについてきた。足音はない。影があるところならどこまでも来るらしい。


 日が傾き始めている。市場の喧噪が遠くなり、ギルドに近い通りに差し掛かった。


 その時、路地の角から声が聞こえた。


「——だから無理だって言ってるだろ! 剣士に向いてないんだよ、お前は!」


 男の声。苛立ちと諦めが混ざった、吐き捨てるような響き。路地の奥から、錆びた排水管を伝う水音が聞こえた。


 続いて、もう一つの声。


「……っ」


 短い。言い返そうとして、飲み込んだ音。


 足が止まった。


 ……別に、関係ない。


 でも、さっきの飲み込んだ声。あの詰まり方は——知っている。反論する言葉を持っていない人間の、喉の閉じ方だ。


 足元で、ノアが耳をぴんと立てた。路地の奥を見ている。


 ……面倒くさい。


 そう思いながら、路地に一歩踏み込んでいた。


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