第76話 追憶の断章 穏やかな再会
ある日の午後。
聖都の噴水広場で、市中警護の巡回中だったセレナとファミールは、ベンチに座る懐かしい姿を見つけました。
かつて魔導士団の天才と謳われた面影は、実用的で地味な旅の魔導士服の下に隠されています。
穏やかで質素な装いの少女――エリカです。
「エリカ!? 戻る気になったの? ……それとも、その隣にいる貴公子が理由で村に帰ったのかしら?」
赤い帽子に赤い制服をなびかせ、冷やかし半分に声をかけた二人でしたが、エリカは突然の再会に動揺し、言葉を失ってしまいます。
「あ、え、えっと、あの、これは……」
その時、隣で本を読んでいたライナスが静かに顔を上げました。
「彼女は僕たちにとって、代えのきかない大切な仲間なんだ。どうか、魔導師団に連れて行くのを許してほしいな」
そう言ってライナスが微笑み、優雅に一礼した瞬間――セレナとファミールの時は止まりました。
後光が差すような、この世のものとは思えない超絶美男子の微笑。
その反則級の魅力に直撃された二人は、心臓を鷲掴みにされたまま、真っ赤な顔でフリーズしてしまいました。
「………………あ」
言葉にならない溜息を漏らしたまま、二人は魂を抜かれたように、ふらふらと何も言えずにその場を立ち去るしかありませんでした。
しかし、数時間後。
我に返った二人は猛烈に後悔しました。
「ちょっと待って! 私たち、エリカとまともに話すらしてないじゃない!」
「あの美形のせいで思考が停止したわ……屈辱です。治安維持大隊の誇りにかけて、彼女の居場所を突き止めましょう」
二人は一等巡士としての職務上の特権をフル活用し、聖都の宿泊者名簿を緊急照会。
そして、本来なら「閲覧制限」がかかっているはずの特上宿の名簿に、エリカが滞在していることを突き止めたのです。
夜、宿を訪ねてきた二人を、エリカは眩しそうに、けれど精一杯の笑顔で出迎えます。
「セレナ、ファミール! 来てくれたのね。……ちょうどいいわ、今から夕食にするから、一緒にどう?」
宿の食堂に用意されたのは、彼女たちの想像を絶する豪勢な料理の数々でした。
聖王国が国費で対応している最上級の料理の数々。
湯気を立てる極上の肉料理や、彩り豊かな季節の果実に、二人は目を丸くします。
「……ちょっと、エリカ。これ、どういうこと? まるで王族の晩餐会じゃない!」
セレナの驚きに、エリカは苦笑いして誤魔化しました。
「ええ、まあ……いろいろ事情があって、国が面倒を見てくれているのよ」
その言葉の裏にある「世界の存亡を賭けた旅」という重みを、今の彼女たちは知る由もありません。
食事中、エリカの胸の内は激しく揺れ動いていました。
(……今なら言える? 私が軍を辞めた本当の理由。学園を急いで卒業しなきゃいけなかったわけ。あんなに二人を突き放して、疎遠になった理由……。全部、私の中にいる『魔王』のせいなんだって……)
喉まで出かかった言葉を、エリカはワインで流し込みます。
今、それを打ち明ければ、彼女たちはきっと自分を守るために無茶をする。
あるいは、自分のことを「化け物」だと思って蔑むかもしれない。
その恐怖が、エリカの唇を固く閉じさせていました。
ふと、セレナが昼間に見かけたライナスのことを思い出して、ニヤリと笑いました。
「それよりエリカ。あの噴水広場にいた綺麗な人……ライナス様だっけ? 彼はどういう関係なの? もしかして、あの貴公子様と添い遂げるために村へ帰ったとか、そういうオチじゃないでしょうね?」
「な、何言ってるのよ! ライナスさんは……ただの旅の仲間。そう、目的が一致しただけの、ただの関係よ!」
顔を真っ赤にして否定するエリカを見て、ファミールは眼鏡の奥の瞳を和らげました。
「ただの仲間にしては、彼はあなたを『代えのきかない存在』と呼んでいたわ。……エリカ、あなたは今、何か大きなものと戦っているように見える。でも、その隣に彼がいるなら、少しは安心してもいいのかしら?」
「……ええ。彼は、私を助けくれる……でもね、旅を一緒にしているというだけの人よ」
エリカはそれだけを言うのが精一杯でした。
いつか、魔王を倒し、自分の中の殺意が消えたら。
その時は、この豪華な食事よりも、ただの安いお菓子を囲んで、すべてを笑って話せるようになりたい。
エリカは親友たちの明るい笑顔を見つめながら、心の底でそう強く願うのでした。




