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第73話 追憶の断章 追いつけない

 過酷な山岳訓練を突破し、セレナとファミールに下された辞令は、全女子魔導士が夢にまで見る「魔導師団治安維持第一大隊・第二中隊第一小隊付 二等魔導巡士」。

 鏡の前で、二人は震える手でその正装を整えていきます。

 鮮やかな赤いスカートを穿き、磨き上げられた赤いブーツを履きこなす。

 腰には、治安維持大隊の証である赤いサーベルを帯び、肩からは風にたなびく赤いマントを羽織る。  

 仕上げに、艶やかな赤いトリコーンハットを頭に乗せたとき、その右側で揺れる純白の飾り羽が朝日に輝きました。

「……ねえ、セレナ。見て。私たち、本当にこの『第一大隊』の赤を纏っているのね」  

 ファミールが、鏡に映る自分を愛おしむように見つめます。

「ええ。実家の名に恥じない場所に、ようやく辿り着いたわ。この赤いサーベルも、ブーツも……。私たちが自分の力で掴み取った、本物の『名誉』よ。二等魔導巡士……ここから始まるのね。この白い羽を、いつかあの子に届く色に変えてみせるわ」


 あてがわれた宿舎は、貴族の子弟が多い第一大隊らしく、最新の魔法具を備えた贅沢な造りでした。

 広々とした浴室の扉を開けた瞬間、二人はその光景に言葉を失いました。

「……信じられる? 見て、セレナ。湯船にお湯が……暖かいお湯が、ずっと流され続けているわ」  

 絶え間なく注がれる湯の音と、立ち込める豊かな湯気。

 高熱魔法石を贅沢に使い、温度を保ちながら流し続けるなど、王宮並みの設備でなければ不可能です。

 ファミールはその衝撃に震える手で温もりに触れ、そのまま吸い込まれるように身を沈めました。

「本当ね……。でも、この豊かな温もりに包まれていると……あの日、壇上で見たエリカのことが、余計に遠く感じるわ」  

 セレナが湯面を見つめて呟きます。

「……そうね。正直、あの時はショックで、あの子の服装の細部なんて見てる余裕はなかった。でも、あの塗り潰したような漆黒と、肩で冷たく光っていた金の参謀モール。それから、あの禍々しい漆黒のサーベル……。あれだけが、今も網膜に張り付いて離れないの」

「私たちは、こんな贅沢なお湯に抱かれているけれど……あの子は、今、何をしているんだろう……」


 翌朝、初出勤の二人を待っていたのは、第一小隊の執務室で優雅に珈琲を嗜むシルヴィス・ヴァインベルグ魔導准尉でした。  

 銀縁メガネをかけた彼は、一見すると頼りなげな優男に見えますが、その赤いトリコーンハットには、現場叩き上げの証である深い群青色の飾り羽が数本、誇らしげに咲いています。

「やあ、新人さん。おはよう。その純白の羽、朝日によく映えるね。治安維持第一大隊・第一小隊へようこそ。ボクは小隊長のシルヴィスだ。まあ、座って。まずは珈琲で喉を潤したまえ」

「二等魔導巡士セレナ、本日より着任いたしました!」

「同じくファミールです。准尉、ご指導のほどお願いいたします!」

 二人の完璧な敬礼に、シルヴィスは優雅に微笑みました。

「はは、いい返事だ。君たちの実力は訓練記録で拝見しているよ。ここでの仕事は、優雅に、かつ迅速に。君たちのその誇り高き白い羽、そしてその美しい赤いブーツを汚さないこと……それがボクの、そしてこの第一小隊のプライドなんだ。――さて、何か質問はあるかな? 緊張をほぐすための世間話でもいいよ」


 シルヴィスの柔らかな言葉に、二人は顔を見合わせ、意を決してセレナが口を開きました。

「准尉……。先日、訓練の指揮を執っていた、あの特務部隊の中隊長殿について……教えていただけないでしょうか」

 シルヴィスの手が止まりました。

 彼は銀縁メガネを指先で直すと、困ったような、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべました。

「おや、初日から随分と物騒なことに興味を持つんだね。本当は、君たちのような新入りがあまり知らなくてもいい事なんだけどね……。まあ、美しいレディの質問だ。特別にお答えしよう」

 彼は珈琲カップをソーサーに置くと、不意に表情から温度を消しました。

「参謀本部直轄特務魔導大隊は一つしかない。五個中隊ある。この国は世界トップの魔導国家だが、その魔導の暴力を司る機関は我々魔導師団だけだ。その中で、『最強の魔導士は誰か?』という問いをしたら、ベテラン魔導士は皆、こう答えるだろう。『特務魔導中隊の中隊長の誰か』とね。彼らは現場の部隊が手に負えない案件を、すべて解決する。我が国最強、いや世界最強かもね」

「世界、最強……」

 息を呑む二人に、シルヴィスは静かに言葉を重ねます。

「君たちが手に負えない案件は、まずボクに言ってくれる? で、ボクたちが手に負えなくて、大隊長クラスですら無理だと判断したとき――彼らが来る。死神と呼ばれている彼らがね」

 シルヴィスは最後に、最も残酷な忠告を口にしました。

「特に関わってはいけないのが、あの若き銀 金髪の中隊長だ。彼女に視線を合わせるな。彼女の住む世界には、君たちが誇る羽の色も、真紅の栄光も、何の意味も持たない。あれは、人間の皮を被った魔導の神の化身だと思いたまえ。……君たちの白い羽が、彼女の纏う深淵に飲み込まれないことを願うよ」


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