第72話 追憶の断章 再会
王立魔導学園を卒業し、期待と不安を胸に女王直轄魔道師団に入団を果たしたセレナとファミール。
二人は入隊手続きの傍ら、すがるような思いで受付の士官に問いかけました。
「あの……エリカ・ヴァインを探しているんです。三年前に入隊したはずの……」
しかし、士官は書類から顔を上げることすらなく、無機質な声で答えました。
「該当する個人の在籍、および安否、所属に関する一切の回答は公務外となる。……二等魔導兵。貴官らに許されているのは、回れ右をしてこの場を立ち去ることだけだ。それ以外の質問は軍規違反とみなす」
三年前、卒業前のエリカが漂わせていたあの奇妙な静けさ。
それが、この巨大な軍組織の中に彼女を完全に隠蔽してしまったのだと悟り、二人は立ち尽くすしかありませんでした。
過酷な新兵訓練の最後を飾るのは、峻険な山岳地帯の隠密踏破。
想定は「山岳地帯でヴィルヘル(魔物)の活動が活発化し、国境付近の警戒が強まる中、当該地域を巡回中の騎士団二個小隊22名が定時から二十砂時計の刻(20時間)を過ぎても帰隊しない事から、ヴィルヘル事案と断定。
夜間に魔道師団一個小隊で山一つを越えねばならない」という設定の実戦形式の演習です。
夜の駐屯地、焚き火の爆ぜる音だけが響く中、セレナとファミールは声を潜めて語り合いました。
「……ファミール。あの子、本当にこの場所にいるのかしら」
「いるわ。……学園で、あんなに寂しそうに『先に行く』って言ったあの子が、途中で投げ出すはずがないもの。
「明日の訓練、何があっても食らいつきましょう」
配属先さえ決まれば、いつか必ずあの子に辿り着ける。
その希望だけが、凍える夜の唯一の灯火でした。
翌朝、朝靄に沈む広場。
冷徹な空気を切り裂いて、一人の士官が壇上に上がりました。
漆黒の軍服、漆黒のプリーツスカート、腰には漆黒のサーベル、長く黒いブーツ、そして参謀本部直轄を示す金色の飾緒。
「本日の訓練を統括する。参謀本部直轄特務魔導中隊――中隊長、エリカ・ヴァイン魔導中尉である」
セレナとファミールの心臓が跳ね上がりました。
そこにいたのは、18歳という若さで一隊を率いる、完成された「軍人」でした。
かつての柔らかい金髪は隙なくまとめられ、その瞳には慈しみも迷いも一切ない。
それは、絶え間なく襲いかかるヴィルヘルの群れと、自分自身の内なる怪物をねじ伏せ続けてきた者だけが纏う、狂気すら孕んだ圧倒的な威圧感でした。
セレナが思わず一歩前に出ようとしましたが、エリカの放つ冷徹な眼光に射すくめられました。 エリカは親友二人の存在に気づいていないはずがありません。
だが、彼女は一度として二人と視線を合わせることはありませんでした。
それどころか、まるで石像に語りかけるかのような事務的な声で、過酷な状況説明を続けます。
「訓練中の死傷は自己責任と心得よ。私の指示は絶対だ。隠密が破られ、ヴィルヘルに捕捉された場合、救出は行わない。……貴官らに与えられるのは、完遂か、さもなくば脱落の二択のみだ」
親友としての面影を一切排した、厳しすぎる断罪のような口調。
「準備にかかれ。三十秒後に出発する。訓練小隊長、時間になったら点呼をすまし即出発しろ。想定は知ってるな?……遅れた者は、この場で除隊だ」
エリカは一度も振り返ることなく、翻したマントの音だけを残して去っていきます。
その背中に向かって、セレナとファミールは無言で敬礼しました。
あの子が独りで耐えてきた三年の「重み」を、その氷のような沈黙の中に感じ取りながら、二人は決死の覚悟で泥濘へと足を踏み出しました。




