第71話 追憶の断章 運命
王立魔導士団入団試験を伝説的な記録で主席合格したエリカ。
彼女に与えられた最初の任務は、訓練新兵一小隊を率いる「新兵小隊長」であった。
同期の兵士16名の部下を抱えた彼女は、誰よりも厳格でありながら、同時に誰よりも慈悲深い指揮官として知られるようになる。
軍隊の規律は鉄の如く厳しかった。
一人のミスは全員の責任。
連帯責任による罰則が下されるたび、エリカは小隊の先頭に立ち、自らも過酷な罰訓練に身を投じた。
「全員、姿勢を正して。……魔力腕立て伏せ、200回開始!」
拳を魔力で地面からわずか3ミロ(3cm)浮かせるこの訓練は、精密な魔力制御と強靭な精神力を要求する。
滴る汗が石畳を濡らす中、エリカは心の中で唱えていた。
(これを耐え抜くたび、私の精神は研ぎ澄まされる。この苦痛が、皆を、そして親友たちを守る力になるのなら――)
厳しい訓練期間を終えたエリカは、その卓越した功績により、女王直轄魔導師団対ヴィルヘル対策大隊へと配属される。
それは、ヴィルヘル(魔物)の大発生や大型個体を狩るための精鋭集団であり、新兵が配属されるのは異例であった。
新兵訓練を終えると、一ヶ月の特別休暇が与えられる。
故郷までの道程に時間を要する者も多く、移動だけで休暇の半分を費やす者も少なくない。
エリカもまた、久方ぶりの安らぎを求めて里帰りをした。
しかし、その里帰りの最中、運命は牙を剥く。 ディオンと共にいた際、体内の魔王の封印が急激に綻び、エリカは自我を失い発狂した。
その窮地を救ったのは、身を挺して二人を守ったガリアスであった。
ガリアスはエリカとディオンの魔王封印殻強化魔法を、自らの命と引き換えに行使したのだ。
師であり第二の父であったガリアスの死を知った時、エリカは半狂乱となって泣き叫んだ。
その慟哭はアイナルの森を震わせたが、翌朝、彼女が顔を上げた時――そこに、かつての明るく優しい少女の面影はなかった。
その瞳は冷たく、軍人として、あるいは「兵器」として完成された者の色を湛えていた。
栄光の配属から、わずか半年後。
王都の酒場や魔導士団の談話室では、不穏な噂が囁かれ始めた。
「あの天才少女、エリカ・ヴァインはどこへ消えた?」
「軍にはもういないらしい。軍籍からも名前が消えている」
エリカの姿を、かつての同僚も共に罰を受けた同期たちも、二度と見ることはなかった。
軍籍名簿を開いても、彼女の項目には重厚な封印魔法が施され、「閲覧不可」の四文字が冷淡に並ぶのみ。
15歳の主席卒業生は、まるで最初から存在しなかったかのように、国家の深淵へと秘匿されていったのである。
一方、故郷アイナル村でも大きな地殻変動が起きていた。
エリカの両親のもとに、女王エレオノーラからの親書を携えた使者が現れる。
それは、「平民であること」を演じ続けてきた彼らにとって、あまりに重くも、いつかくる逃れられぬ必然とも言える勅命であった。
『汝らヴァイン男爵家を、ゼーレドルフ家の正当な後継と認め、アイナル村の聖なる封印を担う守護一族に任命する。一族の使命を引き継ぐことが叶わなかったゼーレドルフ家の嫡男二人を支援し、自らの娘エリカが21歳を迎えた時、一族の宿命を完全に引き継がせよ』
ガリアス亡き今、魔王から人類を守る最後の砦はエリカの両親に委ねられた。
女王はエリカが21歳になるまで、彼女が「宿命」を全うするための最適な環境――孤独な戦場と秘匿された訓練――を用意するだろう。
だが、両親の心には、誇りよりも深い畏怖が根付いていた。
エリカの中に眠る魔王が、いつ再び覚醒し、その完成された軍人の瞳を闇に染め上げるのか。
その恐怖に怯えながらも、彼らは娘の「21歳の誕生日」を待つしかなかったのである。




