第70話 追憶の断章 普通からの卒業
王立魔導学園の卒業式。
15歳という異例の若さで卒業総代に選ばれたエリカの背中は、誇らしげでありながら、どこかひび割れたガラスのような危うさを秘めていた。 魔力を練るたびに、体内の「魔王」が目を覚ます。
その冷酷な意志は、愛する人々――セレナ、ファミール、そしてレオンへの「どす黒い殺意」をエリカの心に植え付けていく。
(……嫌。あんなに大好きで、大切なのに。どうして私の指先は、あの子たちの喉元を求めてしまうの?)
この衝動がいつか「実行」に変わってしまう前に、物理的に離れるしかない。
エリカは、自分の命よりも大切な彼女たちの日常を、自分自身から守るために、最も過酷な最前線への入団を決めた。
卒業までの数ヶ月、エリカは少しずつ物理的な距離を空けていった。
一緒に放課後を過ごす時間を減らし、図書室の席も少しだけ離れた場所を選ぶ。
けれど、接する時のエリカは、今まで以上に優しく、慈しむようだった。
「セレナ、その髪飾り、とても似合っているわ」 「ファミール、この難しい術式も今のあなたならきっと使いこなせる。頑張ってね」
それは、いつか来る「触れ合えなくなる日」を予感した、惜別の愛情。
エリカは殺意という怪物に精神を削られ、震えながらも、最後まで「最高に優しいエリカ」として、彼女たちの記憶に残りたかった。
卒業式後の夕暮れの中庭。
エリカは「女王陛下を近くでお守りするために、先に行くね」と、穏やかな笑顔で告げた。
セレナもファミールも、エリカの瞳に潜む深い絶望と、繋いだ手が拒絶ではなく「縋るように」震えているのを、はっきりと感じ取っていた。
(……何かがある。私たちの知らない、恐ろしい何かが)
けれど、二人はその理由を問い詰めなかった。
本当の親友なら、相手が喉元まで出かかっている言葉を飲み込んでいるとき、それを無理に引きずり出したりはしない。
本人が話してくれるその日まで、何年でも、何十年でも待つのが友情だと知っていたからだ。
「わかったわ。エリカ、あんたが先に行って、女王様の隣で一番格好いい席を温めておきなさい。
……三年よ。私たちが卒業してそこへ行くまで、絶対にその席を誰にも渡さないで」
セレナは笑って、エリカの手を優しく、けれど力強く握りしめた。
ファミールも眼鏡の奥の瞳に深い信頼を湛え、静かに頷く。
「エリカ、あなたは私たちの『先駆者』でいて。私たちが追いつくその日まで、ずっと」
理由を聞かない。
問い詰めない。
ただ、「待っている」という約束だけを交わす。
その深い慈愛に、エリカは心の中で叫びながら、最高の笑顔で答えた。
「ええ……。待っているわ。ずっと、待っているから」
そして、魔導師団の試験会場。
試験官から「君が優秀なのは聞いているが、学生の優秀など本物の魔導士に比べればなんて事はない。受かりたければ本気を出せ」と言われた瞬間、エリカの脳裏を真っ赤な殺意が覆い尽くそうとする。
だが、その濁流の中に、親友たちの「何も聞かずに待っている」という静かな信頼が、確かな「錨」として繋ぎ止めていた。
(――「三年後。私たちがそこへ行くまで」)
壊れるわけにはいかない。
あの子たちが隣に並べるようになる日まで、この怪物の手綱を放すわけにはいかない。
「……ええ。本気で行かせていただきます」
エリカが指を弾くと、会場の空気が神聖なまでの静寂に包まれ、次の瞬間、理性の炎で磨き上げられた白銀の魔力が炸裂した。
実力者揃いの試験官たちは、その圧倒的な波動に膝を突き、ただ言葉を失った。
15歳の少女は、親友たちの「信じて待つ」という尊い愛を胸に、独り本物の戦場へと羽ばたいた。




