第69話 追憶の断章 ただの少女
高等科二年の教室。
窓際の席で、エリカはふと数年前の自分を思い出して苦笑した。
かつて、目立たないようにとわざと点数を落としていた時期があった。
しかし、全教科の教師たちが職員室にエリカを呼び出し、「これほど正確な術式を構築する者が、なぜこの初歩的な計算を間違えるのか」と、寄ってたかってツッコミを受けた。
「隠すより、堂々としている方がずっと楽だったわね」
今や彼女の試験は、全科目において満点以外の数字を見つける方が難しい。
成績はそれに見合った数字の羅列であった。
廊下を歩けば、下級生の女の子たちから熱烈な視線が飛んでくる。
「エリカ様! 今日の競技部の練習、見に行ってもいいですか!?」
エリカは『アルカナ・バースト(魔導弾撃ち会い競技)』部のエースにして、学園の永遠の生徒会副会長。
もはや彼女を「平民」や「贔屓」と揶揄する者は一人もいない。
教師陣ですら高度な術式については彼女に意見を求め、噂では国家プロジェクトから何度も打診が来ているという。
しかしエリカは「まだ学生ですから」と、柔らかく、しかし断固として断り続けている。
始業式。
壇上に立つエリカが目にするのは、共に切磋琢磨してきた知った顔ばかりだ。
彼女はふと、数年前の放課後、人知れず中庭の片隅で声を殺して泣いていた日のことを思い出した。
あまりに優秀すぎて、周囲から一方的に「再度の飛び級」を決められそうになっていた時。
エリカは誰にも相談せず、ただ一人で「みんなと離れること」への悲しみに耐えていた。
それを見つけたのが、レオンだった。
「何を泣いている。理由を言え」
問い詰められても、エリカは「なんでもありません」と唇を噛んで首を振った。
自分のわがままで王家の手を煩わせるようなことは、彼女の誇りが許さなかったからだ。
しかし、レオンは引き下がらなかった。
「君が言わないなら、僕が力ずくでその理由を突き止める。……エリカ、言え。君はどうしたいんだ」
逃げ場をなくし、ついに溢れ出た本音。
「……みんなと、離れたくない。もっとここで、過ごしたい……」。
それ以降、王家が「エリカ・ヴァインの教育課程は、本人の精神的成熟を最優先する」と宣言し、無理な飛び級はピタリと止まった。
それは、彼女の誇りを守りつつ、その願いを叶えたレオンの強引で優しい守護だった。
放課後、いつものサロンには、セレナ、ファミール、そしてレオンの姿があった。
「エリカ! 今年の聖誕祭こそ、私たちの別荘へ招待させてね。レオン様に邪魔されないように、もう親書は送っておいたわ!」
「セレナ、詰めが甘いわよ。私はすでにエリカの両親にも手紙を送っておいたわ」
二人のやり取りに、レオンが「やれやれ」と肩をすくめる。
「三人とも。僕がいることも忘れないでほしいな。……それとエリカ、もう中庭で一人で泣くような真似はするなよ」
からかうような、けれど真剣なその言葉に、エリカは頬を染めて微笑んだ。
「はい、レオン様。……もう、大丈夫です」
親友三人の絆は、4年の歳月を経てより深く、強固なものになっていた。
この温かな輪の中にいる限り、エリカは「魔法学園の至宝」という重責を脱ぎ捨て、ただの少女として笑っていられるのだ。




