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第68話 追憶の断章 優しい我儘

 放課後の図書室。

 エリカは机に並べた三通の招待状を前に、途方に暮れていた。

「……どうしよう。セレナとファミールの誘いは絶対に断りたくないけれど、王子様からのご招待を無碍にするなんて、そんな恐れ多いこと……」  エリカが独り言で「王子様」への義理に頭を悩ませていると、背後から聞き慣れた声がした。

「またそうやって『王子様』に困らされている顔だね、エリカ」

「……レオン様! すみません、いつからそこに?」  

 エリカは慌てて立ち上がった。

 本人の前では「様」を付けずに呼んでほしいと言われているが、やはり、いざ本人を目の前にすると、どうしても「様」が口をついて出てしまう。

「君が僕の招待状をじっと見つめて溜息をついた時からさ。……なるほど、親友二人との板挟みというわけだ。君がそれほど悲しむなら、僕が少しだけ『わがままな王子様』の特権を使わせてもらおうかな」


 翌日の休み時間。

 レオン様はセレナとファミールを別室へ呼び出した。

 王族からの直々の指名に、二人は緊張で指先を震わせながら部屋に入る。

「そんなに固くならないで。今日は学園の先輩として相談があるんだ」  

 レオン様は気さくに笑いかけた。

「二人とも、エリカを冬休みに誘ってくれているね? 彼女、王子様である僕の招待も断れず、かといって君たちとの約束も破りたくなくて、昨日は図書室で消えてしまいそうな顔をしていたよ」


「えっ、エリカが……?」

「そこで提案だ。今年の僕が主催する『未成年限定の舞踏会パーティー』に、二人をエリカの親友として公式に招待したい。これならエリカも悲しまずに済むし、三人で一緒に踊れるだろう? 二人の親御さんへは、僕から正式な親書を送っておくよ」


 教室に戻ってきたセレナとファミールの顔は、かつてないほど高揚していた。

「エリカ! 聞いてちょうだい! 王子様……いえ、レオン様から直接、舞踏会に招待されちゃったわ!」

「セレナ、はしゃぎすぎよ……。でもエリカ、レオン様は本当に粋な方ね。未成年だけのパーティーとはいえ、王家の舞踏会に『親友枠』で招かれるなんて前代未聞よ」

「えっ、二人ともいいの? お家のパーティーがあるんじゃ……」


 エリカの心配を余所に、セレナは「当たり前じゃない!」とまくしたてる。

「王子様主催の舞踏会よ!? お父様なんて『王子様直々の招待か! ヴァイン嬢との友情がこれほどの奇跡を起こすとは!』って、今頃泣きながらドレスを発注しているわ!」  

 ファミールも眼鏡を押し上げながら、嬉しそうに頷く。

「家門の名誉にもなるし、何より一晩中あなたと一緒にいられる。……レオン様には、感謝してもしきれないわね」


 放課後、雪の舞い始めた中、三人は肩を並べて歩き出した。

 少し離れたところを歩くレオン様に向けて、エリカは精一杯の勇気を出して声をかけた。

「レオン様、本当にありがとうございます。私のために、あんなに手を尽くしてくださって……」  レオン様は「様」が付いたことに苦笑いしながらも、満足げに肩をすくめて応える。

「礼には及ばないよ、エリカ。僕も、退屈な舞踏会で君たちの賑やかな笑い声が聞こえる方が、主催者としてやりがいがある。……当日は、君が王宮で一番の輝きを見せてくれることを期待しているよ」

「任せておいてくださいな! 私が最高に素敵なエリカに仕立て上げるんですから、レオン様、驚いて壁の花にならないように気をつけてくださいね!」  

 セレナの快活な宣言に、三人の、そしてレオン様の笑い声が銀世界に溶けていった。  

 本人の前でも、離れた場所でも、つい「レオン様」と呼んでしまう……そんなエリカらしい真っ直ぐな敬意に包まれながら、少女たちは特別な夜への準備を始めるのだった。


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