第74話 追憶の断章 憧れの赤
二人は卒業後、聖都を守護する治安維持大隊へと配属され、異例の速さで一等魔導巡士へと昇進を果たします。
「まったく、君たちは本当に『事件を呼ぶ』ね」 先輩たちが苦笑するのも無理はありませんでした。
死霊術師による大規模な禁術行使、人類の敵であるヴィルヘルの退治15件、さらには連続魔法使用侵入強盗の現行犯逮捕まで。
彼女たちが一年で解決した事案は、新人としては破格の数でした。
先輩に付いていた指導期間を終えたのち、公式にバディとなった二人の絆は、もはや親友を超えた、魂の片割れのような強固なものとなっていました。
ある日の午後、駐屯地の空気が一変しました。 いつもは余裕のある第二中隊長が、顔を青くして直立不動で震えています。
その視線の先にいたのは、漆黒のマントを纏い、周囲を威圧するような静寂を連れた魔導師――エリカでした。
「……エリカ?」
セレナが声をかけようとして、その圧倒的な気配に思わず言葉を呑みました。
そこにいるのは、学園時代の優しい少女ではありません。
参謀本部の直命のみで動き、通常部隊では手に負えない「最悪の事案」のみを処理する特務中隊の長として、若くして軍の深淵を背負う孤高の守護者でした。
冷たい瞳のまま、エリカが軍人としての事務的な口を開きます。
「セレナ・ランバルト・フォン・シュトラハヴィッツ一等魔導巡士、ファミール・ベルンシュタイン・フォン・エーデルガルト一等魔導巡士。こちらへ来たまえ」
エリカは傍らの中隊長中尉を冷徹に見据えました。
「中尉、別室を借りるぞ」
「も、もちろんであります、中尉殿!」
中隊長中尉が、震える声で敬礼する。
その異様な光景が、エリカの置かれた特殊な立場を物語っていました。
人目を避けた別室で、扉が閉まった瞬間、三人はようやくかつての距離に戻りました。
「……ごめんね。あんな態度を取ってしまって。今は、こう振る舞うしかないの」
エリカが困ったような笑顔を見せた瞬間、二人は胸を撫で下ろしました。
それは間違いなく、自分たちの知っているエリカでした。
しかし、彼女は学園を出てからの経歴については、頑なに口を閉ざします。
「ねえ、エリカ。また一緒に街で甘味を食べましょう? 私の実家でお泊まり会もしなきゃ!」 セレナの誘いに、エリカは一瞬、寂しげに目を伏せ、「……ええ。楽しみにしているわ」と微笑みました。
けれど、二人は見てしまったのです。
穏やかな微笑みの奥で、恐ろしいほどに黒い「炎」が渦巻いているのを。
(……きっと、もう以前のように遊べることはない。エリカ、あなたは今、どんな地獄に立っているの?)
駐屯地を去る馬車の中で、エリカは一人、震える手を見つめていました。
(ごめんね。セレナ、ファミール。誰よりも大好きな二人……)
彼女は今、人類の天敵ヴィルヘルを屠る最前線にいます。
しかし、その力を使えば使うほど、自分の中の「闇」が膨れ上がっていくのを止めることができません。
(知っている? 二人とも。私は夜な夜な、夢を見るの。あなたの首筋を噛みちぎり、あなたの腹部をえぐり取る夢を。そして……夢の中の私は、その残虐な行為に、吐き気がするほどの「快楽」を得ているのよ)
かつて愛した人々の命を奪う想像に、魂が歓喜してしまう絶望。
自分はもう、守るべき人間ではなく、狩るべき「ヴィルヘル」に近い邪な存在になり果てているのではないか。
「……私は、あなたたちと一緒にいてはいけない存在なのよ」
冷たい月光の下、エリカは愛ゆえの孤独を噛み締め、再び闇へと消えていきました。




