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第66話 追憶の断章 王家の庇護

 二階級特例飛び級――それは栄誉であると同時に、過酷な試練の始まりだった。

 エリカの机には、飛ばした Verna(ヴェルナ 二年生) の全課程が詰まった膨大なテキストが積み上げられた。

「エリカ、わからないことがあれば、どの教師を捕まえて質問しても構わない。君にはその権利がある」  

 マルクス先生の言葉は心強かったが、日々の授業に加え、独力で一年分を埋める作業は熾烈を極めた。

 放課後、セレナやファミールが遊びに誘ってくれても、エリカは図書室の隅で、魔法術式の補完作業に明け暮れる毎日を過ごしていた。


 ついに始まった Aethel での初日。

 教室の扉を開けると、そこには自分より頭一つ分背の高い上級生たちが並んでいた。

「……アイナル村から来ました、エリカ・ヴァインです。皆さんと早く仲良くなりたいです、よろしくお願いします!」  

 精一杯の笑顔で頭を下げたが、返ってきたのは冷ややかな沈黙だった。

「平民のくせに、飛び級なんて」

「どうせ小細工でもしたんじゃないの?」  

 九歳の少女が、名門貴族の子弟たちが一年かけて学ぶ内容を「理解した」と見なされ、自分たちの隣に座っている。

 その事実は、プライドの高い生徒たちにとって、面白くない「イロモノ」でしかなかった。


 孤立しかけたエリカに、一人の少年が近づいてきた。

 金色の髪をなびかせた、この国の第一王子、レオンハルトだった。

「君がエリカ・ヴァインか。母上……女王陛下から話は聞いているよ。君の力は、この国の未来そのものだとね」  

 彼はエリカだけに聞こえる小声で囁いた。

 女王より「エリカの正体は国家機密であり、何があっても守れ」と厳命されていた彼は、エリカの「友人」として振る舞うことを決めていた。 「皆、彼女は僕の客人だ。礼を失した振る舞いをする者は、僕が許さない。……エリカ、困ったことがあればいつでも僕を頼るといい」  

 王子の毅然とした態度に、教室内には動揺が走った。

 エリカは戸惑いながらも、その温かな差し伸べられた手に救われた。


 一学期が終わりに近づく頃。

 掲示されたエリカの成績表は、学年の真ん中より少し下という、目立たない位置に収まっていた。

「エリカ、本当にこの点数でいいの?」  

 親友のファミールが、廊下の隅で成績表を片手に詰め寄った。

 エリカは困ったように笑いながら答える。 「……あんまり目立ちすぎると、お父さんたちが心配するし。それに、クラスのみんなとも、これくらいの方が話しやすいかなって」

 実際には、飛ばした二年生の内容すら完璧に理解し、応用術式まで構築し終えていた。

 だが、大人たちが彼女を隠そうとしている意図を察したエリカは、わざと凡庸なふりをして、平穏な学園生活を守ろうとしていた。

 しかし、その鋭い瞳に宿る真理の光までは、隠し通すことはできなかった。


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