第63話 追憶の断章 進級
年間統合テストの結果が掲示された朝、初等科一年の教室はかつてない衝撃に包まれた。
壇上に立ったマルクス・ヴァレンタイン先生の声が、静まり返った教室に響く。
「……今年度の進級判定を発表する。まず、成績不振により進級を認められない者が2名(※トビー・ラングを含む)。そして――」
魔法学園では、毎年全体の10%から20%が留年するので、珍しい事ではなかった。
マルクス先生は一度言葉を切り、震える手で掲示板の最上段を指した。
「エリカ・ヴァイン。君は筆記、実技共に測定不能なまでの数値を記録した。よって、学園理事会並びに魔導技術開発局の強い要請により、『飛び級』を認める」
「飛び級……!?」
「あの、学校全体の2%しか許されない、伝説の制度か!?」
教室は蜂の巣をつついたような騒動になった。
九歳の平民の少女が、上級生たちを追い抜いて遥か高みへと羽ばたこうとしている事実に、生徒たちは言葉を失った。
発表の直後、エリカの周りには人だかりができた。
セレナとファミールは言葉もなくエリカを抱きしめたが、驚いたのはかつてエリカを平民と侮り、いじめていた子たちの反応だった。
「エリカ……あなた、いなくなっちゃうの?」
一人の女子生徒が目を潤ませて歩み寄る。
「私たち、あなたの凄さをわかっていなかった。……もっと、魔法のこと教えてほしかったのに」
男子生徒たちも、「エリカがいなくなったら、誰が俺に教えてくれるんだよ!」と泣きついた。
エリカは一人ひとりの手を握り、「学年が変わっても、私はずっとここにいるわ」と涙を浮かべて微笑んだ。
しかし、喜びも束の間。エリカは重大な問題に直面していた。
学園の寮規定には『同室は原則として同学年の者とする』という鉄の掟がある。
飛び級すれば、セレナやファミールと離れ離れになってしまうのだ。
「そんなの絶対に認めないわ!」
女子寮の談話室で、セレナが瞳を燃やした。 「お父様に言って、学校に交渉させるわ。規則なんて、変えるためにあるのよ!」
ファミールも冷徹に書類を整理しながら頷いた。
「私の実家からも、魔導院の理事会に圧力をかける。エリカの精神的安定こそが、王国の魔法の発展に不可欠だという建前でね」
二人は実家の強大な権力を総動員し、エリカを引き止めようと裏で動き始めた。
春休みを目前に控えたある日。
三人は寄宿舎のベッドの上で、ある約束を交わしていた。
「エリカ、今年の春休みは私たちの家に5泊ずつしましょう? 3人ずっと一緒よ」
「ええ。その後で、村の実家に帰ることにするわ。お父さんたちにも手紙を書いておくね」
そんな楽しい計画を立てている最中、部屋のドアがノックされ、一通の重厚な通知が届けられた。
差出人は学園長室。
『特例通知 エリカ・ヴァイン殿。貴殿の寮における居室について、本人の強い要望、並びに支援家格からの連名の請願を考慮し、例外的に現行の部屋の使用を継続することを許可する。』
それは学園創立以来、一度も破られたことのない「同学年同室」の原則が、一人の少女の存在と二人の親友の執念によって覆された瞬間だった。 「やったわ!!」
「これで、明日からもずっと一緒ね、エリカ」
三人は抱き合って歓喜の声を上げた。
飛び級という孤独な高みへ向かうエリカの足元には、権力と愛によって守られた揺るぎない居場所が残されたのでした。




