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分か断れた戦場

多層立体戦術演習フィールド。


オーダーリロジア隊員育成校が保有する演習区画のうちでも、とりわけ実戦の匂いを色濃く宿した空間だ。鉄骨通路が縦横無尽に絡み合い、錆と油の臭気が染み込んだ仮設コンテナ群が迷宮の壁を成す。


地下に走る排水路は暗渠の闇を提供し、崩落寸前の倉庫骨組みは上層から視界を分断しながら、その全貌を誰にも見渡させない。

複数対複数の戦闘訓練のために設計されたこの空間は、正面戦闘という概念を意図的に殺している。

地形は高低差を持ち、視界は幾重もの層によって断ち切られ、単純な力の蓄積が勝利に直結しない。


ここで問われるのは、戦略と戦術。


仲間の位置を皮膚感覚で把握しながら、敵の次手を一手先に狙い澄ます、その研ぎ澄まされた判断力だ。


四対四。


ルカ、アイン、エンジ、レーシェ。


迎え撃つのはミヨク、サダリ、バーダ、キナの四人。


開戦前の静寂が、ひとつの声によって引き裂かれた。


「レアルド、ユベン——今日こそお前たちに吠え面をかかせてやるよ」


ミヨクの声には、研ぎ澄まされた闘志と、抑えきれない高揚が混ざり合っていた。かつての粗削りな怒声ではない。どこかに獲物を前にした狩人の、冷たく張り詰めた喜悦が滲んでいる。


「たく——あの小悪党じみた性根、どうにかならねのか」


エンジが欠伸でも噛み殺すような声音で呟く。興味の欠片も見せない横顔。


「フィークス教官にたっぷり絞られていたからね。以前よりは随分、ましになったと思うよ」


珍しく、ルカがミヨクへの感心を口にした。その声に揶揄はなく、純粋な観察者の平静さがある。


「はいはい。挑発合戦はそこまで。敵対心に眼が曇って、作戦が疎かにならないようにしておくれよ」


すらりとした長身を持つバーダが、穏やかだが有無を言わせぬ口調で割り込んだ。

彼の立ち居振る舞いには自然な指揮官の重力があった。


「そんなへマはしないさ。念入りに練り上げた作戦だ」


とミヨクが答える。


「——それより、サダリ。君の方が心配だよ」


確認を取った後、バーダは隣に立つサダリへと視線を移した。


「心配無用。俺は平常だ」


そう言いながら、サダリの眼はルカとエンジを、まるで焼き尽くそうとするかのように射抜いていた。

言葉と目が、まるで別人のものだ。


「あなたたちの仲の悪さ、どうにかならないわけ」


レーシェが呆れ混じりの溜め息を、ルカとエンジへ向けて飛ばす。


「無理だな、根本的に相性が悪いんだよ」


エンジが言い放った。


「集中しなさい」


アインの声が空気を引き締めた。研いだ刃のような静けさがある。


「今回は——一筋縄ではいかないわよ」


それぞれが所定の位置へついた。

直径五キロに及ぶ演習場、各チームには二か所の突入口が割り当てられる。

全員で一か所から雪崩れ込もうと、二手に分かれようと、一人を囮に三人を送り込もうと——構成と判断はすべて指揮官の裁量だ。


「どうする。いつも通り、二組に分かれて突入する?」


ルカが確認する。


「いや——今回は固まるべきだ」


エンジが即答した。その声には珍しく迷いがなかった。


「あいつらと対戦したチームで、二手に分かれて突入した奴らは、例外なく負けている。おそらく感知系の能力に長けているんだろう。位置を一方的に把握されて各個撃破される——それが落ちだ。それと、もう一つ付け加えておくことがある」


言いかけた言葉は、時の流れに飲み込まれた。


パン——と、乾いた化薬の破裂音が演習場全体に響き渡る。

開戦の合図だ。



四人は仮設コンテナ群の隙間を、統率された足音で駆け抜けた。

先頭を行くルカの皮膚が、周囲の地圧の変化を敏感に拾い上げている。


地面の振動、気流の微かな歪み——そうした肌の言語で空間を読みながら、ルカは走る。


「土属性 初等理術——巨石落岩」


頭上から影が落ちる、巨岩。

演習場の高所から解き放たれた礫が、重力に引かれて落下してくる。


ルカは足を止めることなく拳を振り上げた。

硬化した拳骨が岩の中心を捉え、轟音とともに粉砕する。


石塊が四方に飛び散り、砂塵が晴れた先に——四つの影が現れた。


ミヨク。サダリ。バーダ。キナ。


前衛のルカとアインが、間を置かず踏み出す。

エンジとレーシェは一歩引いた位置で陣を支えながら、戦況の全体像を把握し続ける。

教科書通りの重厚な布陣だ。


しかし、前衛と後衛のあいだに、ほんのわずかな間隙が生じた。


「土属性 初等理術——土障壁(ペトリア・ヴァルム)


ミヨクが間髪を容れずに術を放つ。大地が隆起し、巨大な土の壁が前後を分断した。


「エンジ——レーシェ」


振り返ったルカの足が、一瞬、止まる。

それで十分だった。


「土属性 中等理術——陥穽の計(ペトリア・タルタロス)


足元が消えた。正確には——地面が消えた。

ルカとアインの眼下に、深く口を開けた奈落が口を開ける。


「しまった——アイン!」


咄嗟にアインの腕を掴み、全力で投げた。アインの体が宙を飛び、硬い地面に着地する。

ルカは——逆に、その反動で逆さまに落下した。


「ルカ」


アインが声を絞り出す。それ以上の言葉はない。

落下しながら、ルカはアインを見た。

無言の交信。視線だけで交わされた意思疎通が、完了する。


その直後、今まで沈黙を保っていた小柄な少女——キナが動く。


「植属性 初等理術——勁草の荊(グロリア・ブライア)


虚空から植物の鞭が生まれ、アインへと殺到した。

伸縮する荊は意思を持つ生物のように軌道を変えながらアインを絡め取ろうとし、同時にルカが落ちた穴から遠ざけようとする。

アインは瞬時に鞭の軌道を見切り、剣の腹で次々と往なした。

大上段の薙ぎ払いを避け、横一文字の薙ぎを身を捻って躱し——走る。


まるで逃げ出すかのように。

キナは迷わずその背を追った。


暗い穴の底に、ルカの背中が叩きつけられる。

衝撃が全身を走った。肺の空気が一度に抜ける。


天井——正確には、かつて地面であった場所——は遠い。


(これは、一跳びで脱出できる高さじゃないな)


痛みと同時に、ルカの思考は動き始めていた。冷静に、正確に、この状況を整理する。


「レアルド——気分はいかがかな」


ミヨクの声が頭上から降り注いだ。高揚を抑えきれていない。

狩人が罠に落ちた獲物を眺めるときの、あの独特の昂ぶりがある。


「薄暗い場所は苦手なんだ。灯りが欲しいんだけど」


ルカは思ってもいないことを口にした。平静を装いながら、思考を回す。


(ミヨクはあの場から動いていない。声の反響から判断して、直上か。彼らの作戦の骨格は——分断しながら自軍の有利な地形を確保し、個別に仕留めること。だとすれば、今ここで僕を処理しようとするはず。そのためには——)


「ほほう。まだ余裕があるようだな」


ミヨクの声に喜悦が深まる。


「いいだろう。くれてやる。やれ、サダリ」


「炎属性 初等理術——炎拳投射」


火の雨が降った。


穴の底から逃げ場はない。ルカは側壁に張り付きながら、絶え間なく降り注ぐ炎弾を掻い潜った。

炎が石壁を焼き、煙が充満し、熱気が肺腑を灼く。


「これだけやれば、流石に無事ではすまないだろうな」


ミヨクが言った。


「敗者の様子を拝んでやるとするか」


二つの影が穴の底へと降りた、ミヨクとサダリ。

しかし、勝利の余韻が続くことはなかった。


穴の底は——空だ。


ルカの姿が、どこにも見当たらない。


「……いったい、どうした」


「ミヨク」サダリが低い声で言う。


「側面だ」


指さした先に、不自然に穿たれた穴があった。

石壁を横向きに貫き、その奥に地下通路の闇が続いている。


「逃げやがって、追うぞ。まだ近くにいるはずだ」


二人は地下通路へと足を踏み入れた。


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