第9話②:九華
「レストランですって?」
九華が尋ねたそこにいたはずの相手はいなくなっていた。二秒後、彼は空から降りてきた。
「君らが想像するほど大層なものじゃないけどね。でも、シェフの腕は確かさ。単なる味覚の範疇はとっくに凌駕しているよ」
下半身が丸々バネのようになっており、常時その場で跳ね続けている彼の身体がまた睡方たちの頭を越す。シコウ。そのように名乗るカミは、縦に伸びた楕円形の丸々とした全身の真ん中で固く腕を組んでいる。会った時から絶えず。
「それって、どこにあるか分かるかしら?」
「あー……。えっと、確か────」
北北東側の残骸都市。その一角にシェフはいるはず、と彼は言っていた。
取材を終え、四人の次なる目的地は予約された。走るタプの背中の上で、由依と想汰はしばらく前に乗ったコースターについて執筆を行う。他二人の記事の執筆はシコウに辿り着くまでの間にもう済んでいた。効率化の都合上、体を後方へと向ける由依と一瞬目が合って睡方は少し恥ずかしくなる。
「くしゅん! うぅ〜……」
先頭から聞こえてくるくしゃみは、油断した幼稚な声質。コースターに乗って落とした腕の着ぐるみを、九華は未だ拾えずにいた。高速で駆け抜けるタプの勢いから来る風が体を吹き付けるからか、さっきから指数関数的にくしゃみの数が増えている気がしなくもない。
故に。今の第一優先事項は、部長権限によって命令された彼女の腕探しであった。他の部員たちの興味は既に、シコウから聞いた、創界で唯一現存する料理人の肩書きを持ったカミの振る舞う至極の一品に引っ張られていたものの、話題に枯渇しているのは変わりないため、腕を探す途中で何か発見出来たら儲け物だということで寄り道を決めることにした。東側へ、足跡を付けていく。
途中、作業員の格好をしたカミに遭遇した。二頭身で体が石、顔はモグラのようで目立つ太眉がいかにも頑固。仁王立ちする彼に通行止めだ、とがなられたので四人と一匹は狼狽した。言葉を交わそうと積極的にアプローチをするも、会話は堂々巡りどころか、彼の独壇場でしかなかった。
一言。
通行止めだ、ここは通せない。
その言葉を断固として繰り返す。頭身と同じくらいの手旗を持ち、それを道を塞ぐように掲げ続けている。厄介だとは思いながらも、一行は最初からこの構造の欠陥に気付いていた。世界は広大なのだ。そのため、彼の手旗ごときで塞げる道など雀の涙ほどしかない。それに彼は石像で、地面と足が接着済みときたものだ。解決策は至って単純。彼を避け、すぐ隣を進めば良いのだ。
抜き足、差し足、忍び足とこっそりカミの横を一行は通る。通過は驚くほど簡単だった。あまりにも簡単すぎて、四人は咎められる覚悟で彼の元に近づき、わざわざ話しかけた。
いいんですか、と。
答える彼の目は、過ぎた者を追わずに地平線の方を向いていた。
「自分は、自分に出来る範囲のことをするだけであります」
無いはずの夕焼けに照らされているようだった。記事掲載の許可だけ貰って、新聞部は先を急いだ。由依は彼のことを、ツーコードメ、と名付け、記事内ではそう呼ぶことにした。そのまま由依が執筆を行いながら、想汰は自慢の目を使い、九華は必死に目を凝らし、腕を探し続けていた。
時間は過ぎ、白々とした地面に一つ異常な隆起の発生が見られた。それを確認した想汰の話を聞いていくと、徐々にそれが九華の落としたコンダクの腕部分ではないかという運びになった。その疑念は、的中した。
該当箇所の、少し離れた場所からブレーキをかけ、タプはぴったりにその腕の抜け殻の前で止まった。九華は降り、安堵した表情でそれを持ち上げ、自分の左腕に嵌め込む。元々接合されていた物の再接合は、そんなに難しいことでもなく一瞬で達成された。誰が見ても明らかに事が済んだと思われる一幕。九華がタプへと戻ろうとした時、顎に手を当てていた想汰が地面に足の裏をつけ、彼女の元へ近づく。
自然と鉢合わせになる二人は顔を見合わせた。困惑の表情を見せる九華に、想汰は何やら先程まで腕の抜け殻が落ちていた場所を手で指し、何かを伝えている。それに対し、彼女のわずかに刃の混ざったであろう言葉が返る。掛け合いが続く。次第に論戦への発展を孕む雰囲気へとうっすら変転しているのが、執筆に集中したままの由依に隠れてよく見えていなかった睡方にも伝わってきていた。彼もタプを降り、二人の元へと向かう。
話を聞いてみると、それは想像よりも些細な議題であった。
「やはり無視できないな。この部分の土地だけやけに沈みが強くなっている、そう思うだろ? 君も」
「え? あ、まあ」
「私の腕部分が落ちた衝撃で凹んだだけじゃないの? 第一、わざわざ突っかかるほど、そこまで不自然なものでもないわよ」
「いいや。落ちた衝撃で生まれたのだとしたら、君の腕に模する長細い跡がつくはずだ。だがここは違う。正方形の形で綺麗すぎるんだ。まるで誰かが後から埋めたみたいな痕跡さ」
想汰の言うことも分からなくはなかった。眼前の地面に捉えられる、微妙な窪み。少し注意して確認するだけで、該当部分は他の地面と比べて五ミリ弱沈んでいるのが読み取れた。それに自然に出来た跡にしては等しすぎる長さの四辺が浮き上がっているのも、歪な整合を演出している。滲み出す違和感。一度意識するだけで懐疑心が簡単に肩を組んでくる。
自分を落ち着かせようとしているのか、九華は貧乏ゆすりを始める。太く強い足の動きは、加害というよりも抑制の意味合いを強く感じた。
「……誰かが埋めた、ねぇ。じゃあ、何? ここ、スコップでも使って掘ってみる?」
想汰が腰のボタンを押し、顔を伸ばす。
「僕の目でいいだろう」
わずかに後退し、長く伸びた突起を痕跡部分に合うよう調整して頭を下げる。そのまま顔を横に振り、色の抜けた土を少しずつ掻き出し始めた。
「それの扱いには、ずいぶん寛容になったのね。前にチトセに利用させた時はあんなに嫌がってたのに」
「自分で動くのは良いんだよ。あれは特に痛みも伴っていたし」
重なった土が山になっていく。一回一回の動作の進展は、わずかなものだった。かと言って、二人が手伝うかという感じにもなれずに見守るだけのひとときを過ごすしか無かった頃。
必死に掘っていた部分から突然勢いよく何かが上部に射出された。風音と気配が、一瞬で脳を駆け巡る。
射出されたそれは、今度は垂直落下で地面へと戻ってきた。着地して初めて分かったその姿は、今時正月にも飾る人はいないだろうと思える立派な門松。その真ん中にセロテープで貼られたA4サイズの紙には、大きな二つの目、口から出ている舌が黒のマジックで描かれており、見る者にどこか嘲笑のイメージを抱かせる子供の玩具のようであった。
「ねエ、ネえ。おどろイた? ねェ、ネぇ。ビっくりしタ?」
三人の方向それぞれに全身を向けて、正体不明のカミは体を捩らせながら快活に聞いてくる。想汰は腰のボタンを押し、顔を元に戻すと隣の九華へ視線を送る。
「どうだ、部長。僕の推理は間違っていなかったじゃないか」
「まあそうかもね。どっちみち、新しいカミが見つかってラッキーだったわ」
「エ?」
釈然と会話を続ける二人に、目の前のカミも睡方も困惑気味だった。カミは向かい合う二人の顔を覗き込む。
「オ、おドロいた、よネ? ネ? ね?」
想汰は九華の言葉に突っかかる。
「うーむ。少しあっさりとしてるな。部長は僕の実力に言及するのが怖いのか?」
「怖いって何よ。あんたのやることなんて、別にたかが知れてるわ」
「たまには褒めてもいいんじゃないか」
九華は眉を寄せる。
「褒める? 誰を?」
想汰は顔色一つ変えず。
「僕に決まってるだろ」
「はぁ? 何を言い出してんのよ」
「仲間のモチベーション管理も、グループを統べる長としては必要な仕事だ。企業運営のノウハウからも言えるが、案外こういうのは馬鹿にならないものだぞ」
九華が一旦、顔を背けつつ。
「……。……ス、スゴーイ。ママナミソウタクン」
「感情が入ってないのが丸分かりだ。それじゃ僕のモチベーションはアップされない」
「ああああああ! うるさいうるさい! わっかんないわよ、急に褒めろなんて言われても! 特にあんたみたいなやつ! どうせ、あんたも出来ないでしょ!?」
「出来る」
「嘘ね」
「君のことなら」
「……は?」
「えっと、まず……」
「ちょ、ちょ、ちょ待って! 言い出そうとしないで!」
「あ、アノー……」
人間で言う口の部分を手で塞ごうとして想汰に翻されるのを繰り返しながら、段々と九華の顔の着ぐるみの隙間から蒸気が漏れ出してくるのが分かった。依然として話しかけるタイミングを見計らいつつも、二人の熱に圧倒されている大きな門松は新入生のクラスメイトごとく全身をおろおろとしたまま立ち尽くす。
その光景を見る睡方は、カミがどこか昔の自分のように見えて心臓の端が小さく震えたのを感じた。想汰と九華の掛け合いも最初はまた喧嘩になると心配して見ていたが、なんだかんだ当事者間では盛り上がりつつ、よくよく考えれば通常運転と思えるような問答に変わっていったので、睡方は仲裁に入らず傍観していた。
そのうち、困惑し切ったカミが静かに睡方の方へ体を向け、助け舟を求む視線を送ってきた。そうなるよな、と内心思いつつそのカミを呼び、それからは睡方が対面で彼へ話を聞く濃厚な時間が訪れた。小競り合いを続ける二人の横で行われた、名前をメイブツというカミとの取材の皮を被った会話は、意外にも彼女らと同等の盛り上がりを見せたのだった。




