06-1
本当素直じゃないな、君は。
「弟の様子はどうだ?」
ルカの部屋の外から出てきたセオを待ち構えていたのは、先ほどまで外にいた人物。
何やら通信でやり取りをしていたようだが、何を話していたかは知らない。
今はそんなこと気にもならなかった。
「相変わらず目は覚ましませんが、呼吸は安定しています」
「だろうな。あと少し俺が来るのが遅ければ、今頃お前の弟は廃人になっていた」
そう。この人物──ステリーが来なければ、二人とも無事では済まなかっただろう。
──数時間前
「おい、何をボーッとしている。さっさと回収してしまえ」
「え⋯あっ⋯」
呆然としていたセオに、『白鴉』の女は話しかける。
「今無理ならせめて拠点に持っていけ。本来は推奨されないが、拠点で回収作業を行え」
「わ、かった⋯」
セオは絞り出すように返事をするが、すぐ我に返り、
「じゃない!ルカ!おいルカ!!」
記石のことなどなんのそのといった様子で、ルカの元へ駆け出す。
「しっかりしろ!!ルカ!!ルカ!!」
返事はない。特に苦しんでいる様子もないが、目は固く閉じられ、額には玉のような汗をかいている。
「揺するなバカタレ」
「ガッ!」
頭に拳を落とされ、痛みで声を上げてしまう。動揺しているセオとは違い、彼女は冷静に言葉を紡ぐ。
「お前がボーッとしている間に薬を飲ませた。しばらくは起きないだろうが命に別条はない。命にはな」
そう言うと、セオの前に記石を転がし、先ほど襲ってきた男を担ぎ上げる。
「こいつは家の前にでも転がしておこう。記憶の処理もしておいた。どうやらここの不動産関係者みたいだな。大方物件の様子でも見に来たんだろうさ」
男がかけていたであろう名札も拾い上げ、セオを見つめる。
「お前は弟を運べ。いつまでもボサッとしてるなら置いていくぞ」
その後、女は慣れた様子で部屋の事後処理を行い、セオたちの拠点へとやってきた。
来る途中、自分をステリーと名乗った女は、今セオと向かい合う形でテーブルに座っている。
「⋯」
「⋯⋯」
沈黙。お互いに言葉を交わすでもなく、コーヒーを飲む。
時計の音がやけに大きく聞こえる。下手すると、部屋で眠っているルカの寝息まで聞こえてきそうなほどに、リビングは静寂に包まれていた。
「⋯貴方は、」
静けさを打ち破ったのはセオであった。未だ落ち着かない頭を何とか回転させながら、目の前の人物に問いかける。
「貴方は、『白鴉』⋯ですよね?」
「今更聞くことがそれか。とっくに分かりきったことだろう」
はっと鼻で笑うステリーに、セオは臆することなく、しかし慎重に続ける。
「貴方の口から聞くまでは、確信が持てませんから」
「俺を初めて見たときお前零してただろ、『白鴉』って。まあいい」
ステリーは部屋の中であるにも関わらず、背中から白い翼を広げる。汚れ一つ見当たらない美しい羽が、数枚床に落ちていく。
「改めて言おう。俺はステリー。『白鴉』の一人だ。何をする者達かは、流石に言わなくても分かるだろう?お前達回収装置は」
ステリーは試すような口ぶりで、切れ長の目をセオに向ける。
「もちろん知っています。主にユラギビト、そして回収装置の処分を行う存在であると」
「付け加えるなら、使い物にならなくなった回収装置の処分だ」
回収装置の死因は、多くがユラギビトによる脳への攻撃、そしてそれによる廃人化である。廃人となってしまえば、あとは息をするだけの何かに変わり、暫くとせずに絶命する。稀に記憶の混濁により暴れ回る回収装置を処分──つまり息の根を止める仕事も担っているのが彼ら『白鴉』である。
そうやって、多くの回収装置が死んできた。
ステリーの所作の一つひとつは洗練されていて美しい。先ほどユラギビトを足で踏みつけていたとは思えないほどに。いつの間にか羽をしまっていたステリーは、床に落ちた自らの羽を拾い、それを見つめる。
「本来であれば、お前の弟は失敗作だ。『白鴉』たちの間でも意見が分かれている。生かしておいても問題はないと言う者。さっさと処分すべきだと言う者」
羽を見つめていた目が、再びセオに向けられる。
「ちなみに俺は後者だ」
「⋯」
こちらを挑発するような物言いではあったが、セオは拳を握りしめたまま、ステリーを見つめ返す。
再びの沈黙。しばしの睨み合いの末、今度はステリーがそれを破った。
「正直あれは、回収装置としては役立たずだ。さっさと処分してしまった方が、俺たちにとっても余計な心労が増えない分都合がいい」
「⋯じゃあ、なんでさっきルカを助けたんですか?」
セオは両手を固く結び、ステリーに問う。その目には微かな疑問の色が写っていた。
「邪魔なら助けなければ良かった」
「⋯⋯ただの気まぐれだ」
目を閉じ、まるで何かを誤魔化すかのように、ステリーはまたカップに口をつけた。
「それにあの薬は特効薬というわけでもない。命が助かっていても、記憶の混濁そのものが100%解消されている保証はないぞ」
「⋯それでも、ありがとうございます。助けてくれて」
話しているうちに冷静さを取り戻せてきたセオは、言えていなかった言葉を今更ながらステリーに伝える。
「ありがとう」
「⋯別に、それが仕事だ」
ステリーは横を向きながらそう言った。
「⋯弟は明日にでも目を覚ますだろう。それまではここにいさせてもらう」
「⋯分かってます。部屋は好きなところを使ってください。掃除はしてあるんで」
「いや、ここで良い」
ステリーは今自分が座っている場所を指差す。明らかに寝るつもりはないらしい。
「いや、でも⋯」
「他所の家の寝具は落ち着かん。椅子のほうがマシだ」
「はあ⋯」
コップを片付けながら、セオはそれでいいのか?と思いながらも返事をする。
「ガキはもう寝る時間だろ。さっさと歯磨いてベッド行けよ」
「(なんで偉そうなんだ⋯)」
しっしっと、組んだ腕から手で追い払う仕草をしながら、気づけば椅子で足も組んでいた。
やたらと態度がデカいなとは思いつつも、セオは何故だか気を遣われている気がした。
「⋯分かりました。おやすみなさい」
「はいはいお休み」
リビングの電気をそのままに、セオは寝室へと足を運ぶ。自室へ行く前に、ルカの様子をもう一度見に行ったが、先ほどと特に変わった様子もなかった。
自分のベッドに沈み込むと、途端に眠気が襲ってくる。
ルカのことで不安がいっぱいであるにも関わらず、体はとっくに限界を迎えていた。
「(明日⋯ちゃんとルカは目を覚ますだろうか)」
そんな不安をよそに、寝返りも打てないほど停止した体に脳も引っ張られる。だというのに、枕が濡れる感覚だけは鮮明で。
自分の目から零れるそれを拭うこともできないまま、セオは気づけば意識を手放していた。
お疲れ様です。柏田です。
ちょっとは地の文もマシになってきたか⋯?いやどうだ⋯?と思っている今日このごろです。
最近は鍋ばっか食べてます。おいしいですよね、鍋。特に味噌鍋が好きです。
いつもお付き合いくださりありがとうございます。読んでいただいている皆様にいつも勇気をもらっております。
今後とも何卒よろしくお願いいたします⋯!
それでは。




