05-2
傷つけるなんて、あるはずない。
「それで、何から聞きたい?」
家の中、お茶を用意してくれた件の人物は、初めて会ったあの日と同じように、二人に問いかける。あまりにも代わり映えのしない光景に、セオは何処か異質さも覚えてしまった。
「…また自分からは何も話さないつもりか」
「いやいや、そういう訳じゃないよ?ただほら、こっちから一方的に話したってあれじゃない?」
「めんどくさいって正直に言えよ」
「あれ?バレた〜?」
調子を崩すことなく、いつも通りにあっはは〜とあっけらかんとして話すパラティリティスと、その様子に苛立ちを隠さない、否、隠せないセオ。二人の様子に、ルカはどうしていいのか分からなくなり、思わず声を上げる。
「あー!あーー!そう!パーちゃんあのさ!!手紙!!いつもありがとうね!」
「ん?こちらこそだよ。君やセオ君の様子を知ることはができるのは、私としても嬉しいことだからね」
先ほどとは違い、気持ち朗らかな笑みでパラティリティスは答える。その後も一旦何気ない話に持っていきながら、ルカはコップに口をつける。二人の様子に、再び警戒を緩めたセオも、ルカの隣に座り、コップの飲み物を口に含む。入っていたのはカモミールティーだった。柔らかな香りと味が、ささくれだっていた心を、少し落ち着かせてくれる。
そのままふとパラティリティスを見ると、ルカと雑談はしながらも、チラチラとこちらの反応を伺っている。用意された飲み物しかり、敵意を煽るつもりはないらしい。いや、分かっていたことではあるが。
「(話し方がいつも通りすぎて、いまいち意図が見えないんだよな…)」
困惑しつつ二人の会話を聞いていると、パラティリティスが唐突に投げかけてきた。
「それで?石の記録を見た感想は?」
「!」
「それがね!すっごく鮮明だった!まるでその場にいるみたいに景色が広がってるんだもん!びっくりしちゃった!」
それは良かったね〜と呑気に答えるパラティリティスに、セオはドンッ!と力の限りコップを机に叩きつける。
「良かったねじゃねえだろ!?あれはタブーとされている行いだ!!下手すれば『白鴉』に見つかる可能性だってあったんだ!なんでそんな呑気にしてられるんだよ!」
勢いのままに席を立ち、セオはパラティリティスに詰め寄る。
「に、兄さん落ち着いてよ!」
「さっき海辺でも言ったが、あーなる可能性をお前が考えなかった訳がない!一体何が目的だ!タブーを破る様子をただ好奇心で見てみたかったとでも!?」
「そんな訳がないじゃないか」
瞬間、背筋に走る冷たい感覚。普段はにこやかにしている瞳が、人が変わったように鋭くセオを射抜く。
あまりにも突発的な変化に、セオもルカも凍りついてしまう。
「私はただ…う〜んやっぱりこういうの説明するの下手なんだよな〜昔から」
パラティリティスは頭をかきながらはにかみ、気づけばいつもの調子に戻っていた。深呼吸をして、セオを隣の椅子に座るよう促す。
「座って。大丈夫、ちゃんと説明するよ」
「まず大前提として、私が君たち二人に危害を加えようなんて、そんな事実は何一つとしてない」
パラティリティスは二人を見つめながら、淡々と言葉を紡いでいく。
「もちろん好奇心はある。でもそれは、二人がただタブーを犯すことに関してじゃない」
「じゃあ何だってんだ」
何処か突き放す声でセオは問いかける。こちらとしては、分かってて二人で組ませて任務をさせているパラティリティスには疑ってかかるほかない。
本来回収装置は単独行動が基本だ。経験が浅いうちは他の回収装置と組むこともあるが、それだって最初の数回程度のもの。ルカのようにずっとということはないはずだ。
「実は白鴉たちには通達済みなんだ。もし二人で石に触れることがあっても、警告対象にはしないってね」
「え?なんでそんなことを?」
首を傾げるルカに、パラティリティスは続ける。
「これも一種の観測、ということさ。死を知らぬ者が死を知り、石を還せるようになっていくのか、というね」
「!」
「これからも、二人で石に触れて回収作業を行ってほしい。もちろん私自身の好奇心もある。そこは否定しない。だって君たちの観測は本当に飽きないからね!」
「お前やっぱり今ここで消しといたがいいタイプの奴か?」
「兄さん!」
兄が再び臨戦状態に入りそうなのを、ルカは必死に宥める。対してパラティリティスは楽しそうな顔をしている。先ほど一瞬見せた鋭い目は何だったのか。
はあと冷静になるよう大きくため息をつき、額に手をやり俯きながら、セオは問いかける。
「だったら最初から伝えろよ…つまりお前は、ルカが死を知っていく過程を知りたいってことか?」
「え、僕?」
「任務始めたてで伝えてもな〜って思っただけさ。でもいつかは伝えるつもりだったよ?例えばこの間みたいなハプニングが起こった際なんかにね。ルカ君の過程を知りたいってのはもちろんあるけど、正確には君たち二人かな。そもそも生まれ自体が特殊だからね。大枠の目的は、特殊な生まれと育ちである君たちの任務の成果や動向を観測すること。ただ個人的に楽しみにしているのはその心の変化さ」
パラティリティスは次第に楽しそうに続ける。
「観測していくなかで、ルカ君が「死」というものにどういった答えを見いだすのか。そして、セオ君の心の変化や成長を、私は楽しみにしている。それこそ、毎晩子どもが読み聞かせてもらえる絵本のようにね!」
「ていうか、僕死ぬことに関してならもう十分知ってるけどなー?」
「いいや、君は知らない。まだ何もね」
そうだろう?とパラティリティスは視線をセオに向ける。セオは苛立ちもあったが、何より呆れが勝ってしまった。
「…俺たちが任務をこなす中でどういう心境の変化を経ていくのか的な、そういうものを知りたいってことか?そのためにあのお硬い白鴉まで懐柔したって?どこに労力費やしてんだ??」
絶対今聞かなくてもいいことをつい聞いてしまう。もうなんというか、今はまともに会話できるやつが欲しいという気持ちでいっぱいだった。
何なんだよこいつは。
「もう大変だったんだからね!これにより予測される研究結果まで一生懸命伝えて、何とか許しをもらえたんだから!」
「ていうか、一緒に触ると最悪目覚めなくなるかも的なこと言ってなかったっけ?パーちゃん」
「流石に不味そうだったら介入するよ!それまでは見るだけに留めるさ〜」
「ちょっと待て、目覚めなくなるは否定しないのかよ」
嘘だろ…と、先日のあの行為が如何に危険なものだったのかと再認識して意識が遠のきそうになるのをこらえ、何とか言葉を絞り出す。この目の前の意味の分からない個体に向かって。
「結局、お前は何がしたいんだよ」
パラティリティスは、はて?という顔をしたあと、当然かのように話す。
「さっきも言っただろ?私はただ知りたいだけだよ。君たちが任務を経ていく中で何を得るのかをね。特にルカ君の「死」に対する認識は」
「…」
唖然。開いた口がふさがらない。こういった言葉が、今の自分には合うだろうとセオはどこか他人事として考えてしまう。それだけ脳が疲れ切ってしまった。そして、
「…けんな…」
「え?」
「ふざっっけんなあああああああああ!!!」
今度こそ思い切り、パラティリティスの綺麗な顔面に左ストレートをかました。
「ひょえあ!!」
情けない声を上げながら、パラティリティスは椅子から崩れ落ちた。何なら1回転くらいしたんじゃなかろうか。一連の出来事を見ていたルカは女子もびっくりの甲高い悲鳴を上げる。
「キャアアアアアアアアアアア!ちょっと兄さん!!何してんのさ!?」
「何してるもクソもあるか!!こいつ悪趣味にも程があんだろうが!!今まではそりゃあこいつにだって観測者としての仕事があるだろうし、大概は大目に見てきたさ!!でも!!それとこれとは話が違うだろうが!!」
まっじでムカつく!!と言いながらパラティリティスの胸ぐらを掴んでもう一発かまそうと拳に力を入れ始めるので「やめなよ兄さん!!暴力反対!!」とルカが全力で抑止する。
先ほどの対話は何だったのか、一気に収拾がつかなくなった状況に、パラティリティスは内心焦りと困惑を覚える。
「(どうしよう。こんなつもりじゃなかったんだけどなあ…!)」
てんやわんやな状況に思いきり声を張り上げたのは、ほかでもないルカであった。
「分かった!僕らのことはこれからも見てるってことね!それで二人で石を返していけってことでしょ!?でもずっと見られるのは確かに嫌かもだし兄さんも嫌がるから!程々にしてね!!じゃなきゃもう手紙書かないよ!!」
兄をパラティリティスから引き剥がし、玄関まで引きずって行きながらルカは叫び続ける。
「え!?それは困る!!手紙はこれからも欲しいもの!分かった、多少は自重するよ!」
「絶対お前自重なんてしないだろ!!白鴉に食われちまえ!!」
「兄さん!?」
ぎゃあぎゃあと暴れる兄を何とか家の外に連れ出し、事前に用意されていた水のドアの中に兄を投げ入れる。
「おいルカ!!待てあのやろ──」
バタン!!と思い切りドアを閉める。向こうから開けることはできないので、こちらに来ることはないだろう。
静かになった海辺で、ルカと、後ろからのそのそとついてきたパラティリティスと視線がかち合う。
短いはずなのに、何故か長く感じる、沈黙。
「…」
「…」
「…それ、ちゃんと氷水で冷やすんだよ?」
「氷水で?いやあ、あっはは、殴られたのなんて初めてで、まだ思考が追いつかなくてね」
目の前の人物は、気まずそうに頬をかく。
「兄さんだって、僕だって一緒。ちょっと勝手が過ぎると思う」
「…はい」
ルカの冷たい対応に、いつぞやの夜を思い出してパラティリティスは少し萎縮する。
「でも、どうせ言ったってやめないんでしょ?なら存分に見るといいさ、僕らのこの先を」
ルカの髪が海風に靡いてサラサラと舞う。瞳には、先ほど兄といたときとは別人のような、光る意志を感じさせる。そこにはどこか、挑発のようなものも含まれていた。
「どうせ退屈なんでしょ?」
じゃあね、と言ってルカも扉のなかに消える。
その姿を最後まで、目に焼き付けるように見ていたパラティリティスは、そのまま、砂浜へと倒れ込む。
「…はは」
「あっははははははは!!!!」
どこまでも面白おかしそうに、白い人物の高らかな笑いは空へ飛んでいく。その瞳はどこまでも楽しそうで。楽しそうで。
「は〜〜〜…これから楽しみ〜〜〜〜!」
先ほどのぶたれた痛みなどなんのその。ルカに言ったように多少は自重するつもりだが、それでも完全にやめるつもりはない。
これは観測だ。観測という大義名分のもと行う観察だ。
「全く…心ってやつは度し難い…!」
何も知らぬ無垢な魂の行く末に思いを馳せながら、そうして、日は沈んでいくのであった。
お疲れさまです。柏田です。
随分長くなってしまいましたが、こっから再スタートって感じですかね。
ちょっと分かりづらくなってしまったかもしれませんが、つまるところパラティリティスの目的は、「二人の心の成長を見ていきたい。特に、ルカが死を知っていくその過程には凄く興味がある」ってことです。
もっとわかりやすく伝えておくれよパーちゃん…
傍から見れば子の成長を見守る保護者に見えなくも…ない…?いや見えないか…
表情と感情が追いついてなかったりもするし、パーちゃん自体も感情には乏しい部分があるので、まあ殴られるのもしゃーなしってことで。正直スカッとしました、僕が(え?)
今後とも見守っていただけますと…!
いつも本当にありがとうございます。見ていただけていることが何よりの励みでございます。
今後とも何卒。
それでは。




